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闇夜の『亡霊』

 燃え盛る炎と、パニックに陥った人々の悲鳴がアエレンデルの西門を包み込んでいた。


 エリシアは息を切らし、銀の剣を構えながらジリジリと後退していた。

 彼女の目の前には、ドロドロとした黒いヘドロのような怪物が二体、不気味なうめき声を上げながら迫ってきている。


「なんなのよ、こいつら……! 斬っても斬ってもキリがない!」

 エリシアは焦燥感に駆られていた。刃を通しても、すぐに黒い泥が傷口を塞いでしまうのだ。


 二体の怪物が同時に触手を振り上げ、彼女を飲み込もうとした、その瞬間。


 ――ダンッ!


 上空から、灰色のマントを羽織った一つの影が、エリシアと怪物の間に音もなく着地した。


「リ、リュウナ!? いつからそこに!?」

 エリシアが驚愕して声を上げる。


「下がっていろ。ここは俺に任せろ、エリシア」

 俺は振り返らずに、低く冷酷な声で素早く遮った。


「え、でも……! こいつら物理的な攻撃が……あなた一人で大丈夫なの!?」

 エリシアの不安げな声。


 俺はフードの奥で、自信に満ちた不敵な笑みを浮かべた。

「ああ。とても確信している。この『新しい力』がどれほど正確か……知りたいんでね」


(よっしゃ! この『真紅の魔眼』の力を試すには最高のシチュエーションだ! エリシアの前で超絶カッコいいところを見せつけてやる!)


 俺は内心で小躍りしながら、フードの下の左目に意識を集中させた。

 紫の瞳が、燃えるような真紅へと染まる。


(見えた! あのドロドロのど真ん中に、赤い急所コアの光がある!)


ちりとなれ、バケモノども」

 俺はわざとらしく中二病全開のセリフを吐き、鞘から『炎の鉄剣』を引き抜いて真っ直ぐに突進した。


 A+マントの隠密効果により、俺の踏み込みは完全に無音だ。

 炎の剣を横に薙ぎ払い、一体目の怪物の外皮を斬り裂く。

「ギィィッ!」と怪物が苦痛のうめき声を上げた。


 しかし、二体目の怪物がその隙を見逃さず、上空から巨大な触手をハンマーのように振り下ろしてきた。


「リュウナ、危ない!」

 背後でエリシアが悲鳴を上げる。


「ほう、小賢しい」

 俺は余裕の笑みを浮かべたまま、左手を路地裏の隅へ向けた。


「スティール!」

 ――シュンッ!


 路地裏に転がっていた空の木樽が一瞬で手元に転送される。

 俺はそれを触手の軌道上に盾として投げ出し、木樽が粉砕される隙に、流れるようなステップで滑るように攻撃を回避した。


(あぶねえええッ!! マジでギリギリだった! これが俺の新しい回避スタイルだぜ!)


 俺は息をつく暇もなく、再び踏み込んだ。

 真紅の目で捉えた、二体目の怪物の急所(赤い点)めがけて、炎の剣を勢いよく突き刺す!


 ――ズブゥッ!


 剣は確かに中心を捉えた。

 しかし、次の瞬間。怪物の体内が急激に硬化し、俺の剣が岩に刺さったかのようにガッチリと固定されてしまったのだ。


(お、おい嘘だろ!? 剣が抜けない! マジで!?)

 俺が両手で必死に剣を引いていると、頭上から再び、もう一体の怪物の太い触手が迫ってきた。


「クソッ! 大人しく俺の武器を吐き出せ、この寄生虫どもが!」


 俺はヤケクソになり、剣を引き抜くための支点を作ろうと、左手の黒い手袋で怪物のドロドロの外皮を直接ガシッと掴んだ。


 ――その瞬間だった。


 俺の左手から、今日一日かけて勉強したあの魔導書の秘術……青白い『生命転化』の魔力粒子が、無意識のうちに流れ出してしまったのだ。


 そして最悪なことに、二体の怪物は攻撃のために互いの触手を絡ませていた。

 青白い魔力は、一体目から二体目へと、導火線に火がついたように一瞬で伝播していった。


 すると、怪物の外皮に異変が起きた。

 ドロドロの黒い表面がボコボコと泡立ち始め、急激に膨張していく。


 俺は目を見開いた。

(なんだ!? 爆発するのか!?)


 しかし、予想していた爆発音の代わりに、死の森のオーガでさえも震え上がるような、とんでもない『声』が夜の街に響き渡った。


「アァァァンッ!!」

「ンンッ……! アァァ……ッ!!」


 俺の目の前で、二体の恐ろしい怪物たちが、身をよじりながら『限界を迎えた女性のような、とてつもなく淫らでエロティックな嬌声』を上げ始めたのだ。


「…………は?」

 俺は口をポカンと開けた。


「……え? なに? あの声……?」

 背後でエリシアも完全にドン引きしている。


「あンッ! もっと……ひゃあぁぁンッ!!」


 ボコボコと泡立つ怪物は、ビクンビクンと激しく痙攣しながら、さらに強烈な嬌声を響かせる。

 そして最後にとろけるような長いため息を吐き出すと、黒いヘドロが水風船が割れるようにドロリと完全に溶け落ちた。


 俺の炎の剣が、抵抗を失ってスルリと抜ける。


「ふ、ふん。下層の害虫駆除には、まあ悪くない効果だな」

 俺は冷や汗をダラダラと流しながら、必死にクールな声を作って炎の剣を鞘に収めた。


(クソが! なんであんな喘ぎ声出しながら溶けるんだよ!? しかも直接触らないと発動しないのか!? どんな変態スキルだよバカアアァァァッ!!)


 俺は内心で頭を抱えていたが、振り返ってコホンと咳払いをした。


「エリシア」

 ぽかんとしている彼女に、低く声をかける。

「お前を囲んでいた害虫は片付けた。……俺は少し、席を外す」


「え? ど、どこへ行くの?」

 我に返ったエリシアが尋ねた。


「あの害虫どもの『本陣』へ向かう。じゃあな」


(よっしゃ! これで直接触れば一撃で倒せることが分かった! 触りたくはないが、あいつらが隠し持ってるであろう金や宝(お宝)のために、一匹残らず掃除してやるぜぇぇ!)

 俺は内心で下品な笑いを浮かべながら、再び屋根の上へと飛び乗り、瞬く間に夜の闇へと消えていった。


 ***


【エリシア視点】


 風に翻る灰色のマントを見送りながら、私はぼうっと立ち尽くしていた。


「彼……本当に、底知れないミステリアスな人ね……」


 あんな得体の知れない怪物を、わずか数秒で撃退してしまうなんて。

 しかし、なぜ怪物が最後にあんな……あられもない声を上げたのか。


 私が混乱していると、足元の水たまりから、微かな声が聞こえてきた。


「んぁ……はぁ、もっと……えへへぇ♡」

「あぁ……まだ、体の奥がジンジンして……うぅっ……♡」


「……え?」


 私はゆっくりと視線を下ろした。

 そして、信じられない光景に両目を限界まで見開いた。


 黒いヘドロが溶け落ちた跡。

 そこには、怪物の死骸などはなく……全くの素っ裸の女性が二人、石畳の上に倒れ込んでいたのだ。

 一人は人間の女性、もう一人はエルフの女性だった。


 彼女たちの周囲には、怪物の残骸である黒い液体と、謎の『透明な白濁液』が大量に混ざり合って水たまりを作っていた。

 二人の女性の肌は上気してピンク色に染まり、目はトロンととろけ、極上の快感の余韻アフターグロウに浸ってビクビクと腰を跳ねさせている。


「あの殿方……黒い手袋の旦那様……私を救って……はぁっ……♡」

「すごく激しかったけど……気持ちよかったぁ……♡」


 私は、雷に打たれたような衝撃を受けた。


(あ、あの怪物たちの正体は……人間だったの!?)


 私は震える手で口元を覆った。

 今日、彼が部屋で読んでいた、あのオタマジャクシが描かれた『怪しい本』。

 あれは決してエロ本なんかじゃなかったのだ。


 あれは、魔に汚染された血を浄化し、人々を元の人間の姿へと戻す……古代の『救済の治癒魔法』!!

 対象に強烈な快感と苦痛(?)を与える代償として、不治の病を完全に治癒してしまう奇跡の秘術!


「り、リュウナ……あなたは……」

 私は、彼が消えた夜空を見上げた。目からポロポロと涙がこぼれ落ちる。


「あなたは……この人たちを『治癒』したのね!」


 変態と呼ばれても。誤解されても。

 決して言い訳をせず、ただ黙って、この街の危機を救うためにたった一人で闇夜へと飛び立っていった彼の孤独な背中。


「なんて……なんて優しくて、残酷な人なの……!」


 私の胸の奥で、彼に対する尊敬と、罪悪感と、そして言い知れぬ『熱い感情』が、かつてないほど激しく燃え上がっていた。

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