氷の騎士の秘密と、密室の甘すぎる『罰』
【クレア視点】
アエレンデルの中央治療院は、重く、息が詰まるような苦痛のうめき声に支配されていた。
「うぅ……痛い、体が、内側から焼けるように……ッ!」
ベッドに横たわる二十名ほどの女性たちは、皆一様にひどい脂汗を流し、苦悶の表情を浮かべていた。皮膚の表面に不気味な赤い痣を浮かび上がらせている者もいれば、筋肉が異常に萎縮している者もいる。
「ク、クレア様……私、どうなっちゃうんでしょうか……」
ベッドの一人――Aランクの凄腕女性冒険者が、弱々しい声で私に尋ねた。
「大丈夫です。回復魔法で痛みを和らげ、必ず王都の教会へ護送します。だから今は休んで」
私は彼女の手を握り、できる限り優しく微笑みかけた。
治癒術師のポーションが効いてきたのか、彼女が静かに寝息を立て始めたのを見届けてから、私は病室の窓際へと歩み寄った。
――ズキィィッ!
「……っ!」
その時、突如として私の左手首に、内側から焼けるような激痛が走った。
私は反射的に右手で左手首を強く押さえ込み、うめき声を噛み殺す。
純白のガントレットの下。私の肌にも、あの患者たちと同じ『赤い痣』が刻まれている。
この異常な力(魔力)の源であり、同時に私の体を蝕む呪い。
「はぁ……はぁ……しっかりしなさい、クレア。こんな得体の知れない病気に……私が負けるわけにはいかないのよ、うっ……」
誰にも聞かれないよう、自分自身を鼓舞するように低く呟く。
この呪いに打ち勝ち、故郷を奪ったあの『悪魔の教団』を滅ぼすその日まで、私は決して倒れるわけにはいかないのだ。
***
【リュウナ視点】
「はぁ……最悪だ」
アエレンデルの石畳を歩きながら、俺は深いため息を吐き出した。
せっかく金貨を手に入れて、優雅な高級カフェでの朝食を満喫するはずだったのに。
突然、あの青髪の騎士が話しかけてきたせいで、生きた心地がしないまま店を出る羽目になったのだ。
だが、俺が本当に落ち込んでいる理由は、それだけではない。
視界の隅に浮かぶシステム画面を睨みつける。
『 MP:189 / 320 (パッシブ回復 [共鳴]:アクティブ) 』
(くそっ……! あのカフェのテーブルの下で、クレアの目を盗んで回した『160 MP』の割引ガチャ……!)
俺は心の中で血の涙を流していた。
あの時、ガチャの画面は確かに神々しい『黄金の光(SSR確定演出)』を放っていたのだ。俺はテーブルの下で密かにガッツポーズをした。
しかし、出てきたのは――『絶品クレープ無料引換券』という、ただの紙切れだった。
(あのクレープ、確かに美味かったけどさぁ! 160MPも消費して紙切れ一枚って、どんな詐欺だよクソシステム!)
自動回復で少しマナが戻ったとはいえ、残りは189。しばらくは大きな魔法は使えない。
「……おい、リア」
俺は鬱憤を晴らすように、ずっと黙って隣を歩いている茶色いローブの少女に声をかけた。
「さっきから静かだな」
エリシアは足を止め、くるりとこちらを向いた。
フードの奥の銀色の瞳が、ジト目で俺を睨みつけている。
「……最低」
「は?」
「あんな破廉恥なことを……よりにもよって、私の目の前で、あの王国の犬にするなんて!」
エリシアは顔を真っ赤にして、ぷくっと両方の頬をこれ以上ないほど大きく膨らませた。
(うおっ。なんだこいつ、めちゃくちゃ怒ってんな)
俺は内心で冷や汗をかいたが、ここで慌てては『闇の王子』のメンツが丸潰れだ。
「勘違いするな」
俺はポケットに両手を突っ込み、わざとらしく前髪をかき上げた。
「あれはただの牽制だ。あいつに俺たちを深く探らせないための、心理的なブラフにすぎない」
「心理的なブラフで、女の子のほっぺたのクリームを舐め取るの!?」
エリシアが信じられないという顔で抗議する。
「ああ、そうだ。俺の行動にはすべて裏の意味がある」
俺は一切の罪悪感を感じさせない、完璧な無表情で言い切った。
「むぅぅぅ……っ!」
エリシアは言い返せず、さらに頬を膨らませてそっぽを向いてしまった。
***
宿屋『眠れる白鳥』の、俺たちの狭い部屋に戻ってきても、エリシアの機嫌は直らなかった。
彼女は無言のままベッドの端にドカッと座り、銀の剣を布でゴシゴシと乱暴に磨き続けている。
チラッとシステム画面を見ると、マナの回復速度が少し落ちているような気がした。
(ヤバい。バフ要員(幸運の女神)の機嫌が悪いと、マナ回復に影響が出るかもしれない。ここはご機嫌を取っておかないと)
「おい、リア……いや、エリシア」
俺はため息をつき、降参したように両手を挙げた。
「悪かったよ。どうすれば機嫌を直してくれるんだ? 金ならある。欲しいものがあるなら何でも言ってくれ」
その言葉を聞いた瞬間。
ゴシゴシと剣を磨いていたエリシアの手が、ピタリと止まった。
彼女はゆっくりと顔を上げ、銀色の瞳で俺をジッと見つめた。
「……何でも、言ったわね?」
(うっ。なんか嫌な予感が……)
俺はゴクリと生唾を飲み込んだ。
「あ、ああ。俺にできる範囲ならな」
エリシアは剣を床に置き、立ち上がって俺に近づいてきた。
そして、俺の肩をポンッと押し、ベッドの上に強制的に座らせたのだ。
「え? おい、何を――」
「動かないで」
エリシアは少し震える声で命じると、なんと俺の太ももの上に、自分の頭をコトンと乗せて横になったのだ。
いわゆる、『膝枕』というやつである。
「なっ……!?」
俺は心臓が口から飛び出そうになった。
見下ろすと、真っ赤な顔をして目をギュッと閉じているエルフの美少女の顔が、俺の股間のすぐ近くにある。微かに香る甘い匂いが、俺の理性を激しく揺さぶった。
「あ、あの騎士の女には……クリームを拭いてあげたでしょ」
エリシアが、蚊の鳴くような小さな声で呟いた。
「だから……私には、もっと特別なことをしてよ」
「と、特別なことって……」
「私が眠りにつくまで、絶対にそこから動かないこと」
彼女は俺のズボンの裾をギュッと握りしめた。
「それから……頭を、撫でて」
(はあああぁぁぁッ!?!? なんだこの甘すぎる罰ゲームは!!)
俺の頭の中で、煩悩と理性が最終戦争を繰り広げ始めた。
手は震え、顔は熱く、太ももに伝わる彼女の体温がやけにリアルだ。
「……わ、分かった」
俺は極限の緊張の中、震える右手をゆっくりと下ろし、彼女の美しい銀糸の髪を不器用に撫で始めた。
「んっ……」
エリシアが心地よさそうに喉を鳴らし、さらに俺の太ももへと顔をすり寄せてくる。
(助けて神様!! 俺の足が痺れるのが先か、俺の理性が吹き飛ぶのが先か、究極の我慢比べが始まっちまったぞ!!)
アエレンデルの静かな昼下がり。
裏の最強(笑)の青年は、密室のベッドの上で、一人のエルフの重すぎる寵愛に冷や汗を流し続けていた。




