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微笑む氷の騎士、そして『魔に汚染された血』

 カフェでの予期せぬ遭遇の後、俺たち三人はアエレンデルの広場にあるクレープの屋台の前に立っていた。


 右に私服姿のクレア。左に茶色いローブのエリシア。

 俺はガチャで引き当てた忌まわしい『ペア無料引換券』をカウンターに置き、無表情で注文した。

「クレープを三つだ。チョコ、イチゴ、そしてバニラ」


「へい、いらっしゃい! おっ、こいつはペアチケットだね!」

 屋台の親父が愛想よく笑い、そして俺の左右に立つ二人の美少女を見て目を丸くした。特に、私服とはいえその威厳を隠しきれないクレアの顔には見覚えがあるらしい。


「で? 兄さんとペアになる幸運なお嬢さんは、どっちの……いや、もしかして両方かい!?」

 親父が驚きと冷やかしを交えた声で尋ねる。


 その瞬間、エリシアとクレアの顔が同時にボンッと赤く染まった。

 しかし、二人ともエリート騎士の意地なのか、必死にクールな表情を保とうと唇を噛み締めている。


 俺はため息を一つ吐き、ポケットから銀貨を一枚取り出してカウンターに弾いた。

「ああ。二人とも俺の恋人だ。……これで満足か? チケットで二つ、残り一つはこの銀貨で払う」


「お、おう! 旦那! あんた、クレア様を相手になんて恐ろしいことを……!」

 親父が冷や汗を流しながら素早くクレープを作り始める。


「て、適当なことを言わないでください。……早く作って」

 クレアは顔を真っ赤にしてそっぽを向きながら、屋台の親父を急かした。

「……恋人……」

 左隣では、エリシアがフードの奥でブツブツと呟きながら、一人でモジモジと照れている。


(ふん。どうだ、このスマートな回避。これで無駄な争いは起きないだろ)

 俺は内心でドヤ顔を決め込んでいた。


 数分後。

 俺たちは広場の木製ベンチに、少し距離を空けて三人で並んで座っていた。真ん中が俺、右にクレア、左にエリシアだ。


 気まずい沈黙が流れているが、俺はそんなことお構いなしにチョコ・クレープに噛み付いた。美味い。

 エリシアも小さく上品に食べている。


 しかし、クレアだけは、自分の持つイチゴ・クレープをジッと睨みつけたまま動かない。


「ん? どうした騎士様。食べ物にハエでも止まってたか?」

 俺が気だるげに尋ねると、彼女はハッとして顔を上げた。


「ち、違います。私はただ……この食べ物を『インスペクション(検分)』していただけです」

 苦しい言い訳をしながら、彼女は恐る恐るイチゴ・クレープに口をつけた。


 次の瞬間。

 彼女の氷のような威厳が、春の雪解けのようにドロドロと溶け落ちた。


「んんっ……美味しい〜♡」

 クレアはうっとりとした顔で頬を緩ませた。

 さっきまでの『北の英雄』のオーラはどこへやら、ただの甘いものが大好きな普通の女の子の顔になっている。


「チッ。王国の犬のくせに」

 左隣で、エリシアがボソッと悪態をついた。


(おいバカやめろ! 本人の目の前で悪口言うな! 首を刎ねられるぞ!)

 俺は内心で盛大にパニックになったが、表面上はポーカーフェイスを崩さず、ただ前を見つめ続けた。


 だが、俺の視界にはもう一つの『問題』が映っていた。

 クレアがクレープを夢中で食べるあまり、彼女の白い右頬に、ピンク色のイチゴクリームがべったりと張り付いてしまっていたのだ。


(あー……気になる。めっちゃ気になる。あの女、気づいてないのか? さっきからずっとクリームがついたままだぞ。ああもう、限界だ!)


 きれい好きな俺の精神は、ついにその汚れを許容できなくなった。


「おい、騎士様。ちょっとこっちを向け」

「ん? どうしまし――」


 クレアが顔を向けた瞬間、俺は彼女の頬に指を伸ばした。

 ――ピュッ。


 親指の腹で、張り付いていたイチゴクリームを拭き取る。

 クレアは完全に硬直した。


 俺は拭き取ったそのクリームを、そのままペロッと自分の口の中へと舐め取った。

「……うん。甘くて悪くないな」

 純粋な味の感想を、真顔で述べる。


 クレアの青い瞳が限界まで見開かれた。

 先ほどまで甘さでとろけていた顔が、今度は致死量の羞恥で真っ赤に発火した。


「あ、あ、あななななっ……! 無礼者ォォッ!!」

 彼女はベンチから飛び上がり、真っ赤な顔で俺を指差した。


「なんだよ。ただクリームを拭いてやっただけ――」


「黙りなさい!」

 クレアはビシッと左手を突き出した。

「身分証を出しなさい! アエレンデルの条例に基づき、すべての滞在者はギルドカードの提示義務があります。さあ、あなたのカードを見せなさい、見知らぬ旅人さん!」


(げっ! マジかよ、ここで職質再開か!?)

 俺の心臓が跳ね上がった。エリシアも隣で息を呑んでいる。

 ここでEランクのカードを見せれば、昨日の冒険者ギルドでの『逃亡』と繋がってしまう。


「……カードは宿に置いてきた」

 俺は冷や汗を隠し、限界まで気怠げな声で誤魔化した。


「そんな言い訳が通用すると――」


「クレア様!!」

 その時、広場の奥から切羽詰まった声が響いた。

 二人の王国兵が、全力疾走でこちらへ向かってくる。


 クレアの表情が、一瞬にして『怒れる乙女』から『冷徹な騎士』へと切り替わった。

「どうしました、騒々しいですね」


「はっ! 街の南区で、『魔に汚染された血』の初期発症者を多数発見いたしました!」


 その言葉を聞いた瞬間、クレアの周りの空気が凍りついた。

「……何人です?」


「約二十名です。名簿との照合の結果、発症者はすべて『女性』です。現在、指令通り、対象者を中央の治療院へ隔離収容中です」


「やはり教団が動いていたのですね。……分かりました。すぐに向かいます。他の報告は?」

「現在は以上です!」


 クレアは短く頷くと、俺の方を振り返った。

 彼女の顔には、もう先ほどの羞恥心も、職務質問の執着もなかった。あるのは、迫り来る脅威への深い憂慮だけだ。


「……申し訳ありません。どうやら、私のささやかな休日はここまでのようです」

 彼女は小さく頭を下げた。

「ごちそうさまでした、旅人さん。……またお会いしましょう」


 クレアはマントを翻し、部下たちと共に足早に広場から去っていった。


 取り残された俺とエリシアは、しばらくの間、無言でその背中を見送っていた。


「……魔に汚染された、血……?」

 俺は、先ほどの兵士の言葉を反芻するように、誰にともなく低く呟いたのだった。

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