朝のハプニング
翌朝。
意識がゆっくりと覚醒していく中、俺は自分の腕の中に、信じられないほど柔らかくて温かい『何か』を抱きしめていることに気づいた。
微かに香る、森の葉のような甘い匂い。
ん? と思いながらゆっくりと目を開けると――俺の鼻先からわずか数センチの距離に、尖ったエルフの耳があった。
俺は昨夜、疲れきってベッドの端に倒れ込むように寝てしまったのだが、どうやら寝相が悪かったらしく、背中を向けて丸まっているエリシアを後ろからすっぽりと『抱き枕』のようにホールドしてしまっていたのだ。
(うおっ!? やべっ!)
慌てて腕を離そうとしたが、エリシアの体が異様に熱いことに気づいた。
彼女の細い首筋から、微かに湯気のようなものが立っている気がする。
呼吸もひどく荒く、肩が小刻みに震えていた。
「おい、リア……? 大丈夫か? すごく体が熱いぞ」
俺は彼女が酷い熱病にでもかかったのかと勘違いし、心配になって、彼女の熱い額に自分の冷たい手をピタリと当てた。
「ひゃあぁんッ……!?」
額に触れた瞬間。
エリシアの口から、背筋がゾクゾクするほど甘く、だらしない嬌声が漏れた。
彼女の体はビクンッ!と大きく跳ね、そのまま完全に脱力した。
覗き込むと、エルフの誇り高き騎士の面影はどこにもなかった。
限界まで真っ赤に染め上げられた顔。瞳の焦点は完全に合いを失い、トロンと上ずっている。微かに開いた桜色の唇からは熱い吐息が漏れ、だらしなく舌がのぞく――それは、完全なる『アヘ顔』だった。
「ふぁ、あ……りゅう、な……もっ、と……」
熱に浮かされたように、意味不明な寝言を呟きながら、俺の手のひらに頬をすり寄せてくる。
「お、おい!? マジでヤバい熱があるんじゃないか!? てか顔がヤバいぞ!」
俺が本気で慌てて声を上げると、その声でハッと我に返ったのか、エリシアの目の焦点がカチッと元に戻った。
自分の置かれた状況(と、自分がさっきまで浮かべていた表情)を理解した瞬間。
「ち、ちが……っ、ばか……見ないでぇぇぇッ!!」
エリシアは涙目で俺を睨むと、バサッと毛布を頭から被り、みの虫のようにベッドの隅へと丸まってしまった。
「なんだよ、人が心配してやってるのに」
俺は頭を掻きながらベッドから降り、顔を洗うために洗面所へと向かった。
***
【エリシア視点】
毛布の中で、私は自分の口を両手で必死に押さえ、心臓の爆発音を隠していた。
(あんなの……反則よ……ッ! 私、今絶対とんでもない顔してたわよね!?)
昨夜、彼がマントを投げ捨ててすぐに背を向けて寝てしまったから、私はあえて何も聞かずにそのまま寝た。
でも、朝方。突然背後から、細身なのに決して抜け出せないほど力強い腕が、私の体をギュッと包み込んできたのだ。
最初はパニックになった。でも、彼の寝息があまりにも穏やかで……振り払うことができず、そのままされるがままになっていたら、私の純粋なエルフの脳髄は徐々に甘く溶かされていった。
限界まで熱くなった体に、彼が心配そうに冷たい手で触れてきた瞬間、私の理性は完全に吹き飛んでしまったのだ。
(鈍感すぎるわよ、このバカ男ォッ……!!)
私は毛布の中で、真っ赤な顔のまま一人で身悶えした。
***
【リュウナ視点】
冷たい水で顔を洗いながら、俺はふと『GIVIN』のシステム画面を呼び出した。
昨夜A+マントを引いて(200 MP消費)、残りが120 MPだったはずだが、一晩寝てエリシアのパッシブ回復を受けたことで、マナは完全に(320/320)まで全回復していた。
そして、ステータス画面を開いた瞬間――俺の目は飛び出そうになった。
未読の通知ログが『2件』もあったのだ。
【システム通知:1件目】
共鳴対象:エリシア・ナーヴェル
好感度(Lux):40 / 100 (+10 UP!)
[好感度ボーナス Lv.2が解放されました]
・パッシブ・マナ自動回復が強化:共鳴対象から半径5メートル以内にいる間、使用者は『10分ごと』に1 MPを回復します(旧:20分)。
(おっ!? エリシアの好感度が上がってる! なんでだ? ……あ、そうか! さっき高熱で苦しんでるのを俺が心配してあげたからか! 俺ってばマジで優しいご主人様だな!)
俺は的外れな勘違いをして一人でドヤ顔を浮かべた。
マナ回復が倍速(1時間で6MP)になったのはデカい。これでマナ不足の悩みも少しは解消される。
だが、その直後に見た『2件目』の通知で、俺のドヤ顔は完全に凍りついた。
【システム通知:2件目】
共鳴対象:クレア・スライヴェン
好感度(Lux):25 / 100
[共鳴効果が追加適用されました]
・【GIVIN】排出率アップ:大当り確率が永続的に5%上昇(現在:60% SSR / 40% 外れ)。
・好感度ボーナス Lv.2:ガチャのコストが永続的に20%割引されます。(現在:1回 160 MP)。
「はあぁぁッ!?」
俺は鏡の前で素っ頓狂な声を上げた。
(クレア・スライヴェン!? なんで俺を殺そうとしたあの女騎士が、勝手に俺に好感度抱いてんだよ!? しかもガーターベルト盗んだのに!? どんな性癖してんだ!)
だが、そんな恐怖も次の瞬間には吹き飛んだ。
(ま、待て……! ガチャのコストが160!?)
前世の記憶に深く刻み込まれた、あの忌まわしくも愛おしい『160』という数字。
俺の全身の細胞(ガチャカスDNA)が、その数字を見ただけで激しく反応し、歓喜の産声を上げていた。
(うおおおおッ!! 引ける! これでガチャの回転率が爆上がりだ! クレア・スライヴェン、お前は最高だ!)
相手がなぜ自分に惹かれているのかなどという『些細な疑問』は、生粋のガチャ廃人である俺の脳内から一瞬で消え去っていた。
俺は顔を乱暴に拭き、洗面所から飛び出した。
そして、まだ毛布にくるまっているエリシアに向かって、最高に輝く笑顔を向けた。
「エリ――こほん、エリシア! ……心の準備はいいか?」
俺はわざと低く、意味深な声で囁いた。
毛布から顔だけを出したエリシアが、ビクッと肩を震わせた。
その顔は再び茹でダコのように真っ赤に染まる。
「な、なな、何の準備よ!? だ、ダメ! 私、そういうのはまだ心の準備が……ッ!」
「は? 何言ってんだ? お金も手に入ったことだし、一緒に街に出て、最高に楽しいこと(買い物)をしようって誘ってんだよ」
俺が不思議そうに首を傾げると、エリシアは一瞬ポカンとし、そして「……えっ」と呟いた。
「あ、あぁ……お、お買い物ね! もちろん! 行くわよ!」
彼女はものすごい勢いでベッドから飛び起き、顔を真っ赤にして制服に着替え始めた。
***
俺たちはいつもの灰色の外套(俺)と茶色のローブ(エリシア)を着込み、アエレンデルの街にある少し高級なカフェへとやってきた。
エリシアは「野菜のメニューを見てくるわ」と言って、一人で奥のカウンターへ注文しに向かった。
俺は隅のテーブル席に座り、のんびりとあくびをした。
(さて、飯を食い終わったら、さっそくあの160MPで新しいガチャを――)
「また会いましたね、旅人さん」
突然、隣の席から鈴を転がすような、凛とした声が聞こえた。
俺はビクッと肩を震わせて横を向いた。
そこには、非番なのか私服(カジュアルな白いブラウスと長いスカート)を着た、美しい水色の髪の女性が座っていた。手元には紅茶とワッフルが置かれ、傍らの椅子には剣が立てかけられている。
クレア・スライヴェンだった。
(な、なんでここに!? てか、ただの地元民だと思ってたのに!)
俺は冷や汗をかきながらも、必死に『無害な旅人』の平坦な表情を作った。
「……奇遇ですね、騎士様。昨日は路地裏で災難でしたね」
俺は昨夜の『木樽落下事件』とは無関係であることを装い、昼間の『壁ドン職質』の続きとして言葉を返した。
しかし。
クレアは紅茶のカップを優雅にソーサーに置くと、俺に向かって、極めて妖艶で、そして挑戦的な笑みを浮かべた。
「ええ。本当に奇遇ね。――それとも」
クレアは身を乗り出し、俺の耳元で囁くように言った。
「『旅人さん』ではなく、謎に満ちた『亡霊さん』とお呼びした方がいいかしら?」
――ドクンッ。
俺の心臓が、完全に停止した。
全身の血の気が引き、魂が口から抜け出ていくのを感じた。
(バ、バレてルゥゥゥゥゥゥッ!?!? なんで!? 「足元が滑った」っていう俺の完璧な言い訳、全然通用してねぇじゃねえかァァァッ!!)
俺の平穏なティータイムは、最悪の地獄へと変貌を遂げたのだった。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございます!
エリシアの可愛らしい(?)勘違いから始まり、念願の『160』という数字に歓喜し、最後はクレアによって絶体絶命のピンチを迎える……。リュウナの胃が休まる暇のない、ドタバタな朝の回でした(笑)。
果たしてリュウナは、このカフェでの修羅場をどう切り抜けるのか!?
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それでは、次回の更新でまたお会いしましょう!




