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氷と炎の交錯、そして通りすがりの『亡霊(ファントム)』

 ――ガキィィィンッ!!


 暗い路地裏で、激しい剣戟の音が反響した。


 白銀の剣と、赤く燃え盛る炎の剣が鍔迫り合いを起こす。

 俺のステータスは完全に負けていたが、A+グレードの『名もなき夜の外套』がもたらす圧倒的な防御力(DEF +150)と姿勢制御のおかげで、信じられないことにエリート騎士と互角に打ち合えていた。


「一息で凍りつく霜よ……」

 クレアが鍔迫り合いの最中、鋭い声で詠唱を始めた。彼女の吐く息が白く染まる。

「我と共に吹雪を呼べ、具現化せよ!」


 クレアが剣を弾き返すと同時に、その白銀の刃から凄まじい冷気と氷の粒子が噴き出した。

 路地裏の空気が一瞬にして凍りつき、まるで時間が遅くなったかのように周囲の景色が重くなる。氷の領域ドメインだ。


 俺は一歩下がり、炎の剣を構え直した。

 B+の炎の剣が自動的に熱を放ち、迫り来る氷のオーラを中和していく。


「面白い。氷の剣か……」

 俺は灰色のフードの奥で、限界まで冷酷な声を響かせた。

「俺の炎の剣とどちらが上か、試してみるか? お前の氷が俺の炎を凍らせるか、それとも俺の炎がお前の氷を溶かすか」


 俺は斜に構えた『闇の王子』の笑みを浮かべてみせた。

 だが、俺の内心は全く違った。


(落ち着けリュウナ、落ち着け! ただの氷の剣だ、やれる! やれるはずだ! ……ってか、クソッ、マジで寒ィィィッ!)


 俺は必死にガタガタ震えそうになる膝を抑え込んでいた。

 無用な怪我をさせる気はない。相手は正義感の強すぎる勘違い騎士だ。できれば攻撃的な『窃盗スティール』を使わずに、隙を見て逃げ出したい。


「ハァッ……! くっ、ハァァッ!」

 クレアは猛烈な勢いで斬りかかってきた。

 異端審問官のように野心的な彼女の連撃は鋭かったが、少しだけ前掛かりになりすぎていた。


 彼女は、戦場の『環境変化』に気づいていなかったのだ。


 極端な炎の熱波と、極寒の氷雪。

 二つの急激な温度変化の波を交互に浴びたことで、俺たちの頭上にあった古いレンガのバルコニー……そこに数十個の重い木樽を固定していた『錆びた鉄の蝶番』が、限界を迎えていた。


 ――ギギギッ……バキィィンッ!!


「えっ?」

 クレアが前へ踏み込もうとした瞬間、頭上から凄まじい破砕音が響いた。


 俺が顔を上げると、数十個の重い木樽が、クレアの頭上めがけて雪崩のように降り注いでくるのが見えた。

 クレアは突進の勢いを殺せず、回避は絶対に間に合わない。


(ヤバい! あの騎士の女の子が下敷きになったら、俺、ガチで殺人犯おたずねものになっちまう!)


 考えるよりも先に、俺の体はクレアに向かって跳躍していた。

 右手を空に向かって突き出す。


「スティール!」

 俺は心の中で二回、連続でスキルを唱えた。


 一回目のスティールで『何か』を掴む感触があり、それを即座にポケットにねじ込む。

 二回目のスティールで、落下してくる木樽の一つを『自分の足元の空中』へと強制転送した。


 ――ダンッ!


 俺はその転送した木樽を足場にして空中で二段ジャンプし、そのままクレアの細い腰に腕を回してタックルした。


「きゃっ!?」


 ――ドゴォォォォンッ!!


 俺たちが地面を転がった直後、クレアが数秒前まで立っていた場所に、大量の木樽が凄まじい音を立てて激突し、粉々に砕け散った。


 冷たい石畳の上を二、三回ほど転がる。


「痛っ……」

 クレアが小さく呻いた。


 俺は彼女を庇うように上に覆い被さっていた。

 その衝撃で、俺の灰色のフードが完全に後ろへと外れてしまっていた。


 クレアがゆっくりと目を開ける。

 至近距離で、魔神教団だと信じて疑わなかった『フードの男』の素顔を真っ直ぐに見つめた。


 クレアの青い瞳が、限界まで見開かれた。

「あなた……昼間の!」


 俺は慌てて体を起こし、ポンパンとマントの埃を払いながら、乱れたフードを再び深く被り直した。


「コホン。このドタバタは謝る」

 俺はわざとらしく低く、気怠げな声を作った。

「お前を捕まえるつもりはなかったんだが……滑って転んだだけだ、気にするな」


 クレアは呆然としたまま、ゆっくりと上半身を起こす。

「あなた……昼間の青年よね?」

 敵意は完全に消え去り、そこにあるのは純粋な困惑だった。

「一体……誰なの、あなた?」


 俺は背を向け、少しだけ肩越しに振り返って、最高にミステリアスな笑みを浮かべた。


「俺か?」

 夜風がマントを揺らす中、俺は静かに言い放つ。


「俺はただの、通りすがりの『亡霊ファントム』さ。……すれ違いざまに、他人の命(金貨)を連れ去って彷徨うただの亡霊だ」


 俺はポケットから、先ほど『一回目のスティール』で手に入れた布切れを取り出し、背中越しにポイッとクレアの膝の上に投げ落とした。


「北の騎士様。それを忘れないことだ」

「え?」


「悪いな、勝手に外れたみたいだぜ。……じゃあな、お嬢さん」


 俺は踵を返し、A+マントの足音隠蔽効果によって、一切の音を立てずに暗い曲がり角の先へと消えていった。


 ***


【クレア視点】


 冷たい夜風が路地裏を吹き抜ける中、私はただ、石畳の上に座り込んでいた。


 膝の上に投げ落とされた布切れ。

 それが自分の太ももに巻いていた、真っ白なレースのガーターベルト(留め具)だと気づいた瞬間……私の顔は、火を噴くように熱くなった。


「こ、これ……! いつ外れたのッ!? あの男……!」


 怒りで立ち上がろうとしたが、足に力が入らなかった。

 それどころか、私の頭の中は極度の混乱と、奇妙な熱に支配されていた。


 教団の幹部だと疑い、本気で斬り捨てようとした私を……彼は助けた。

 落下する木樽から私を庇い、その素顔を見せた。あの、昼間に路地裏で私をからかった、不思議な雰囲気を持つ黒髪の青年。


(あの時も……彼は私に危害を加えることはなかった。むしろ、私が一方的に……)


 あの圧倒的な身のこなし。魔法のような瞬動。

 私を容易く殺せたはずなのに、彼は私のガーターベルトを(無自覚に)奪っただけで、そのまま去っていった。


『俺はただの、通りすがりの亡霊ファントムさ。……他人の命を連れ去って彷徨うただの亡霊だ』


 その言葉が、耳の奥で何度も響く。


(他人の命を奪って彷徨う……? 違う。あなたは私の命を救ったわ)


 それはきっと、悪人の命のみを狩り取るという、彼なりの不器用な正義の形なのだ。

 自分を『亡霊』と名乗り、裏社会でたった一人で暗躍する孤独な戦士。


「うぅ……本当に、腹立たしい男……」

 自分の胸の奥が、あり得ないほどの早鐘を打っているのを自覚しながら、私は自然と柔らかい笑みをこぼしていた。

「『亡霊ファントム』……ね。変わった異名(あだ名)ね、見知らぬ旅人さん」


 ***


【リュウナ視点】


 角を曲がってクレアの視界から外れた瞬間、俺はのんびりとした歩みを続けながらも、内心では胸をなでおろしていた。


(あっぶねえええええッ!!)


 パニックと安堵で、足が震えそうになる。

(マジでバレなくてよかった! 落下する木樽を盗もうとしたのに、なんで俺の『最初のスティール』は、真っ先にあの騎士のガーターベルトなんて盗みやがったんだよ!?

 俺の不運の呪い、マジで対象がエロい方に偏りすぎだろ! 勝手に外れたとか苦しい言い訳しちゃったけど、絶対怪しまれてるよな!?)


 俺は冷や汗を拭いながら、自分の懐をポンポンと叩いた。


(まあいい。俺の命も、そして何より『80枚の純金貨』も無事だったんだ。万々歳だぜ!)


 俺は上機嫌で小さな鼻歌を歌いながら、夜の街を歩き続けた。

 この時の俺は、完全に有頂天になっており、視界の端で静かに、しかし劇的に輝いている金色のシステム通知に全く気づいていなかった。


【システム通知】

 アノマリーの条件を満たしました!

[パッシブスキル:共鳴レゾナンス Lv.2] がアクティブになりました!


 共鳴対象:クレア・スライヴェン

 好感度(Lux):25 / 100


[共鳴効果が追加適用されました]

 ・【GIVIN】排出率アップ:大当り確率が永続的に5%上昇(現在:60% SSR / 40% 外れ)。

 ・好感度ボーナス Lv.2:ガチャのコストが永続的に20%割引されます。(現在:1回 160 MP)。

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