新しい服、一つのベッド
俺たちはアエレンデルの石畳を歩いていた。クレア・スライヴェンに違和感を気づかれる前に、冒険者ギルドから急いで離れる。
「まずは着替えて、リュウナ」
歩きながら、エリシアが俺を見て小声で注意した。風でなびいた灰色のローブの隙間から、俺の日本の高校の制服が丸見えになっていたからだ。
「その奇妙な服のままじゃ、あまりにも目立ちすぎるわ」
俺は足を止めた。
ああ、そういえばそうか。俺はこの制服をいつから着っぱなしなんだ? 最後に実感したのは、教室で高嶺さんにネクタイの乱れを説教されていた時だ。
「違いない」俺は気だるげに答えた。「お前も着替える必要があるだろ? その分厚いローブじゃ寝苦しい。あの角の服屋に入ろうぜ」
魔力ランプの暖かい光に包まれた店内で、俺たちは二手に分かれた。
俺は選ぶのに時間はかからなかった。無地の黒い長袖のリネンシャツと、動きやすくてゆったりとした暗い色のズボン。シンプルで目立たず、機動性も高い。
しばらくして、エリシアが女性服のコーナーから出てきた。
エルフの少女は、薄手のコットンで作られた、とてもシンプルな白いネグリジェを手に持っていた。
「選び終わったか?」俺は尋ねた。
「ええ」エリシアは小さく頷き、ネグリジェを背中に少し隠すようにした。「あなたはどう?」
俺は黒いシャツを胸の前に広げて見せた。「俺はこれだけだ。どうだ?」
彼女の銀色の瞳がそのシンプルな服を見て、そして俺の顔へと移る。
「少なくとも……あなたには似合ってるわ。その変な柄の服よりはずっとマシね」
商人のオッサンからもらった銀貨で支払いを済ませ、俺たちは宿を探して歩き出した。
そして、『眠れる白鳥亭』という二階建ての木造の宿屋に決めた。
だが、受付のカウンターで、お約束のような悲劇が俺を襲った。
「本当に申し訳ありません、旦那様、お嬢様。ツインの部屋はすべて満室でして。二階に一部屋だけ空きがあるんですが……大きなベッドが一つしかありません」
恰幅の良い宿の主人は、頭を掻きながら申し訳なさそうに言った。
そして、意味ありげな笑みを浮かべる。
「この季節は旅人が多くてですね。それに、二階からの声を聞けば分かると思いますが……今夜は『夜の運動』のためだけに部屋を借りるカップルも多いんですよ。お二人が恋人同士なら、何の問題もありませんよね?」
エリシアの顔が、尖った耳の先まで一瞬にして真っ赤に染まった。
彼女は深く俯き、受付の主人を見ることも、ましてや俺を見ることもできなかった。
(嘘だろ。なんだこの露骨な展開は)
俺は内心でパニックになりながら絶叫した。
(ベッド一つ!? しかも周りは『夜の運動』真っ最中の奴らだらけだと!?)
だが、俺は短く息を吸い込み、心臓が爆発しそうなのを隠して、顔の筋肉を完全に凍らせた。
「問題ない。その部屋をもらおう」
俺はできる限り落ち着いた声で言い、銀貨を数枚カウンターに置いた。
「リ、リュウナ!?」
エリシアが驚いて顔を上げた。
「他に選択肢はない。今から別の宿を探してウロウロすれば、街の衛兵の目を引くだけだ」
俺は低い声で答えた。我ながら反論の余地がない、極めて論理的な言い訳だった。頭の中はパニックでぐちゃぐちゃだったが。
数分後。
木製のドアが閉まり、内側から鍵をかけられた。
部屋はそれほど広くない。羽毛布団が敷かれた木製のベッドが部屋のど真ん中に鎮座しており、その両脇に歩くスペースが少しあるだけだった。
エリシアはベッドの端にガチガチに緊張して座り、俺と絶対に目を合わせようとしなかった。
息が詰まるような、極めて濃厚な気まずい空気が部屋を支配している。
時折、隣の薄い木の壁越しに、ベッドが規則正しく軋む音が微かに聞こえてきて、その度にエルフの騎士の顔はさらに真っ赤になった。
俺は窓際の壁に寄りかかって立っていた。
腕を組み、目を閉じ、冷酷な表情を崩さない。
だが、頭の中では……。
(違う違う違う! これは絶対におかしい!)
俺は正気を保つために、内心で激しくツッコミを入れていた。
(見知らぬ美少女を同じ部屋に連れ込んだ!? しかも二人きり!? 俺はただの平凡な高校生だぞ! 罰ゲームで高嶺さんと手を繋いだ時ですら冷や汗ダラダラだったのに、同じベッドで寝るだと!?)
俺はゴクリと固唾を飲み込んだ。
(耐えろ……リュウナ……。これは神々が与えた試練だと思え! そうだ、これは純粋にマナ回復のためだ。ガチャを回すために、俺は彼女の近くにいなきゃならないんだ!)
「あ、あの……リュウナ」
沈黙を破ったエリシアの柔らかい声は、微かに震えていた。
彼女は新しい白いネグリジェをギュッと握りしめている。
「わ、私……着替えるから。後ろを……向いててくれないかしら?」
俺は目を開けた。
彼女を数秒見つめ、静かに頷いて木の壁の方へと振り返った。
「ああ」
背後から、衣擦れの音がゆっくりと聞こえ始めた。
心臓が再び早鐘を打つ。
俺は短く息を吐き、狂おしいほど高鳴る鼓動を抑えながら、窓の外に顔を向けた。このボロ宿の壁の木目までが、突然すごく魅力的な観察対象に思えてきた。
「き、着替え終わったわ……リュウナ」
少し躊躇いがちなエリシアの声が響いた。
俺はゆっくりと振り返り、どうでもいいという無関心な表情を維持した。
だが、薄暗い魔力ランプの光の下に立つ彼女の姿を視界に捉えた瞬間――俺の脳の処理速度は、コンマ数秒間、完全にフリーズした。
エリシアは薄手の白いコットンネグリジェを着て立っていた。
そのシンプルな衣服は、彼女の豊かな体のラインにあまりにもぴったりと張り付いていた。
いつもはしっかりと結ばれている銀色の髪は解かれ、華奢な肩へと美しくこぼれ落ちている。
頬を赤らめ、まるで床に財宝でも落ちているかのように、彼女はずっと足元を見つめていた。
綺麗だ。
俺の思春期の脳が、無意識にその事実を処理した。
(バカヤロウ! これは俺の理性に対する重大な脅威だ! 持ち堪えろ、石原リュウナ!)
「分かった。休もう。明日はやることが多い」
俺は意識して声を低く重くし、そう言い放った。
返事も待たず、俺はベッドの左側に歩み寄り、そのまま体を横たえた。分厚い掛け布団を胸の高さまで引き上げる。
しばらくして、羽毛のマットレスが少しだけ沈み込んだ。エリシアが恐る恐る、ベッドの右側に潜り込んできたのが分かった。
再び、息の詰まるような沈黙が降りた。
おまけに隣の部屋からは、いまだに規則正しいベッドの軋み音が聞こえてくる。隣のカップルめ、どんだけ体力あるんだよ。
俺は何も考えず、すぐに体を反転させた。
エリシアに背を向け、目の前の木の壁を虚ろな目で見つめる。
反対側を向いて寝る。これが今の俺にできる唯一の防衛策だった。
「り、リュウナ……もう寝たの?」
背後から、エリシアがひそひそ声で尋ねてきた。
「まだだ。ランプを消して寝ろ」
俺は振り返らずに短く答えた。
「う、うん……おやすみなさい」
彼女が小さく呟く。カチッという小さな音がして、部屋は完全な暗闇に沈んだ。
俺は壁の闇を見つめながら、いまだに目をギンギンに見開いていた。
体は硬直している。布団の下で、両手を固く握りしめた。
俺たち二人の距離は、五十センチにも満たない。
彼女の体から漂う石鹸の香りと、爽やかな葉っぱのような香りが、真っ直ぐ鼻腔をくすぐってくる。
(耐えろ、リュウナ! お前は強い! これは神が与えた修行だ!)
俺は必死に自己暗示をかけた。
思考が完全に限界を迎えそうになった、まさにその時。
俺の目の前に、淡く光る青い透明なシステム画面がポンッと現れた。
【パッシブ・マナ自動回復:+1 MP】
その水色の数字を見た瞬間、俺は長いため息をついた。
(ガチャシステムに感謝だ)
俺の心は急速に平静を取り戻した。
そうだ、これは全てマナのため。俺は今、ワイヤレス充電をしているだけだ。欲望を我慢しているわけじゃない。戦略的な回復行動を実行しているだけなのだ。
何と合理的で、完璧な言い訳か。
俺は頭の中のその『絶対的な大義名分』にすがりつき、無理やり目を閉じた。




