北の英雄のインスペクション(検分)
いつも本作をお読みいただき、本当にありがとうございます!
よりリュウナの心情(と内心の焦りw)を面白く、テンポ良くお伝えするため、第1話から最新話にかけて、リュウナの視点を「三人称」から「一人称(俺)」に改稿いたしました!
※ストーリーの展開や内容自体に変更はありません。
より読みやすくなった本作を、引き続き楽しんでいただければ幸いです!
安物のエール、汗、そして焼けた肉の匂いが鼻を突いた。
アエレンデル冒険者ギルドの重厚な木の扉を押し開けた瞬間だ。
広いホールには円卓が並び、騒がしい冒険者たちが武勇伝を語り合っている。
俺は受付へと足を進めた。
茶色いローブのフードを深く被ったエリシアが、その後ろを静かに歩く。
「いらっしゃいませ。ご用件をお伺いします」
受付嬢が営業スマイルで迎えた。
「身分証の登録と、滞在許可をもらいたい」
俺は短く答える。
「はい。こちらの用紙に名前、出身地、基本クラスをご記入ください」
受付嬢は羊皮紙と羽ペンを差し出した。
俺は小さく頷き、スラスラと書き始める。
『イシハラ・リュウナ。出身:南の村。クラス:Eランクの採取者』
俺がエリシアの分の用紙にペンを移そうとした、まさにその時。
入り口から軽やかな鎧の音が響いた。
喧騒に包まれていたギルドの音量が、不自然なほど急激に下がる。何人かの冒険者は慌てて目を伏せた。
水色の髪を揺らし、クレア・スライヴェンが真っ直ぐに受付へと歩いてきた。
俺たちのすぐ隣へ。
「こんにちは、マリーさん。今朝の密輸業者の押収品リストを受け取りに来ました」
クレアの澄んだ、しかし威厳のある声が響く。
俺は一切振り返らなかった。
テストに集中する純朴な村の青年を装い、ただ黙々と筆を動かす。
だが、隣の温度が数度下がったのを感じた。
エリシアが半歩動き、俺を庇うように前に出たのだ。
フードの奥から、エルフの騎士の銀色の瞳がクレアを鋭く睨みつけている。
(おいおい、バカやめろ! 余計に目立つだろうが!)
俺は内心で冷や汗をかいた。
戦闘勘の極めて鋭いクレアが、その強烈な視線に気づかないはずがなかった。
水色の髪の騎士が、ゆっくりとこちらを向く。
澄んだ青い瞳が、エリシアのフードの奥の闇と一秒間激しく交錯し――やがて、『忙しそうに』字を書いている俺へと向けられた。
「あなたたち……」
クレアが口を開いた。礼儀正しいが、圧倒的な威圧感があった。
「新顔ですね? この街では見かけない顔です」
俺はペンを置いた。
完璧な『困惑した表情』を作って振り返り、照れくさそうに頭を掻く。
「あ、はい、騎士様。今日着いたばかりでして。日雇いの仕事を探しているただの旅人です」
俺は気さくに笑った。
クレアは目を細めた。
その視線が、俺の全身を舐めるように観察する。くたびれた灰色のローブ。エリート騎士を前にしても怯えを見せない体幹。
そして、クレアの青い瞳が、俺の革ブーツのつま先でピタリと止まった。
「ただの旅人?」
クレアは一歩踏み込んだ。
「ではなぜ、あなたの靴底には死の森特有の『赤黒い泥』が付着しているのですか? 南のルートにそんな土は――」
(チッ、鋭い女だ。足元まで見られているとはな……!)
――ドンッ!!
分厚い書類の束と、押収品の入った三つの袋が、俺とクレアの間のカウンターに叩きつけられた。
「ク、クレア様! 押収品と書類の確認が取れましたぁっ!」
重い荷物を運んできた受付嬢のマリーが、息を切らして叫んだ。
クレアの意識が一瞬そちらに削がれる。
生真面目な騎士の悲しい性か、彼女は反射的に書類に目を落とした。
「ご苦労様、マリー。封印の確認を――」
その一瞬の隙を、俺が見逃すはずがない。
(よっしゃ、今だ!)
俺は書きかけの用紙を、目の前の受付嬢に素早く押し付けた。
「用紙です。カードは明日取りに来ます!」
俺は早口で言い、硬直しているエリシアの腕をガシッと掴んだ。
「ほら妹よ、腹が減ったんだろう? 飯にしような」
返事も待たず、俺はエリシアを強引に引っ張った。
そのまま冒険者の群衆に紛れ込み、ギルドの扉から素早く姿を消す。
* * *
書類を一枚めくり終えたクレアが再び隣を見た時。
灰色のローブの青年と、フードの相棒の姿はすでに跡形もなく消え去っていた。
水色の髪の騎士は、眉をひそめた。
何かがおかしいと、彼女の直感が告げている。
「……奇妙な青年ですね」
閉ざされたギルドの扉を鋭く見つめながら、クレアは低く呟いた。




