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【完結済】異世界複製錬金術師~所有した物を無限コピーするチート錬金で武器も罠も量産無双~  作者: あくす
第五幕 反撃編~対四天王~後編

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第206話:静寂の空

地を裂き、天を噛み砕かんばかりに荒れ狂っていた轟音が、嘘のように、唐突に止んだ。


視界を埋め尽くしていた眩い黄金の極光が収束し、王都の平野に訪れたのは、圧倒的な「静寂」だった。


空を見上げれば、世界を破滅へと導こうとしていた赤黒い空間の亀裂は一筋残らず消え去り、そこにはただ、どこまでも高く、どこまでも澄み渡った青空が広がっている。


あまりにも穏やかで、あまりにも残酷なほどに美しい、世界の日常の風景だった。


「……あ」


アドルの口から、掠れた声が零れ落ちた。

両膝を泥に突き立てたまま、アドルは動くことができなかった。視線は、先ほどまで一人の小さな少女が、その命のすべてを燃やし尽くして大地に触れていた「その場所」に固定されている。



そこにはもう、何もなかった。



引き裂かれた衣服の切れ端も、激しい戦闘の痕跡も、何もかもが光の中に溶けて消えてしまった。ただ、新緑の匂いを孕んだ優しい風が、アドルの頬を静かに撫でて通り過ぎていく。



「ルル……ちゃん……」



隣で、ミーシャが魂を抜かれたような声で呟いた。


アドルの右手を握りしめる彼女の指先は、小刻みに、しかし激しく震えている。彼女の瞳からは、大粒の涙がとめどなく溢れ、泥にまみれた頬を白く洗っていた。


どれほど強力な空間魔法を使おうとも、どれほど万能な【複製錬金】のチート能力を持っていようとも、光の彼方へ消え去ってしまったかけがえのない家族を、この手に取り戻す術はどこにも存在しない。その絶対的な無力感が、二人の心に底知れない空白を穿っていた。



「……何が、起きたのだ?」



遠くから、鎧を軋ませながら歩み寄ってくる足音が聞こえた。


王都騎士団を率いていた剣士ガラハドだ。彼は大剣を杖代わりにし、血と泥にまみれた身体を引きずりながら、唖然とした表情で周囲を見回していた。


「魔族どもが……奴らが突如として、霧のように消え失せた。先刻までの地響きも、空間の歪みも、すべてが消滅している……。アドル殿、一体、何が……」


ガラハドの困惑に満ちた問いに、アドルはすぐには答えられなかった。


ゆっくりと重い身体を動かし、アドルはミーシャを支えながら立ち上がった。

戦場を、壊れた人形のような足取りで歩き始める。


平野のあちこちには、戦闘の衝撃で昏倒したアリア王女や、漆黒の魔王の呪縛から解き放たれて穏やかな顔で横たわるレオンハルト、そして人型のまま深い眠りについているシルヴァの姿があった。


生存は確認できた。


全員、命に別状はない。


だが、その奇跡的な救済の代償として、誰が消えてしまったのかを、アドルはどのように伝えるべきか分からなかった。





数時間後、王都の城門前にて。

意識を取り戻したアリア、レオンハルト、そして傷の手当を終えたガラハドとマリアを前に、アドルとミーシャは、先ほど高台の頂上で起こったすべての出来事を静かに、淡々と説明した。


魔王アレンの正体。イザベラとの間に生まれた娘、イリーナの真実。そして、エラーを宿す唯一無二の存在として、世界を繋ぎ止めるために消滅していったルルという少女の最期を。



静かに話を聞いていたアリア王女は、やがて両手で顔を覆い、肩を激しく震わせた。


「ルルさん……。そんな、そんな悲しい真実を背負って……私たちのために、世界を守ってくれたのですね……」


アリアの瞳から、大粒の涙が次々と溢れ、手元にこぼれ落ちていく。


「ルルさんの想い、そして、彼女が遺してくれたこの世界を……私たちは絶対に無駄にしません。アドル殿、ミーシャ殿……本当に、ありがとうございました。私たちは時間をかけてでも、必ずこの王都を、国を復興させます。あなた方は、世界を救った本物の英雄です」


アリアは深く、深く頭を下げた。


ガラハドも、マリアも、言葉を失ったまま静かに涙を流し、救世主たる二人に対して最大の敬意を込めて一礼を捧げている。


レオンハルトもまた、罪悪感と感謝の入り混じった複雑な表情で、遠い空を見つめていた。


「後日、別途王家から、ありとあらゆる形でお礼をさせてください。今はまだ、このような言葉しか掛けられず、申し訳ありません……」


「あぁ……」


アドルは短く、力のない返事をするのが精一杯だった。


英雄、という響きが、これほどまでに虚しく、胸を締め付けるものだとは思わなかった。


どれほど称賛されようとも、どれほど頭を下げられようとも、アドルの心は未だあの黄金の光の中に置き去りにされたままだ。

心ここに在らずの状態で、アドルの視線はただ、かつてルルがよく跳ね回っていた平野の草むらを彷徨っていた。



これ以上、この場所に留まることは耐えられなかった。



アドルとミーシャは王家の人々に背を向け、王都内に構えていた仮の拠点へと、重い足取りで戻っていった。



王都の拠点の扉を、アドルはゆっくりと押し開けた。


古い蝶番が、ギィ、と物悲しい音を立てて静まり返った室内に響く。


「あ……ご主人様、ミーシャ様!」


室内の奥で待機していたカミラが、二人の足音に気づいて勢いよく立ち上がった。


ギルドの受付時代からの冷静沈着な彼女だったが、ここ数日間の異常事態には、さすがに隠しきれない不安を顔に滲ませていた。


二人の姿を確認し、まずは生きて帰ったことに深く安堵したような表情を浮かべる。


しかし、次の瞬間。


アドルとミーシャの顔に刻まれた、この世の終わりを見たかのような絶望的な表情を目の当たりにし、カミラは言葉を失った。



手放しに「おかえりなさい」と言えるような空気ではなかった。



そして、何よりも。



「ご主人様……おかえりなさいませ。あの……その、ルルちゃんは……?」



カミラは、二人の背後、誰もいない開かれた扉の向こうの空間に視線を彷徨わせ、震える声で尋ねた。


いつもなら、真っ先に「ただいま、カミラさん!」と元気よく飛び込んでくるはずの、あの小さな影がどこにもいない。


その問いかけが、引き金だった。


張り詰めていた糸が完全に切れたように、ミーシャはその場に膝をつき、両手で顔を覆って激しく泣き崩れた。


床に涙の染みが、みるみるうちに広がっていく。


その姿を見た瞬間、カミラは全てを察した。


「そんな……嘘、でしょ……」


カミラは小さく、悲鳴のような声を漏らし、自らの口を両手で強く押さえた。

彼女の切れ長の瞳に、瞬く間に涙が溜まり、ポロポロと溢れ出していく。


ルルがどれほど皆に愛されていたか、どれほどこのパーティの中心で輝いていたか。それを誰よりも近くで見ていたカミラにとっても、その現実はあまりにも受け入れがたいものだった。



アドルは何も言わず、ただ静かにカミラの横を通り過ぎ、部屋の隅にある椅子に深く腰掛けた。


ミーシャは床に泣き伏し、カミラは立ち尽くしたまま涙を流し続ける。


それ以上、三人の間で言葉が交わされることはなかった。


ただ、窓の外から差し込む夕闇が徐々に部屋を支配し、やがて完全な夜が訪れても、彼らは灯りをつけることすら忘れ、俯いたまま、重苦しい沈黙の中で長い夜を過ごした。



翌朝。

アドルは夜明け前の薄暗い空気の中、一人で静かに王都の平野へと向かった。


そこには、全身を戦闘の傷と疲労で痛々しく抉られながらも、巨体を横たえてじっと佇んでいる白銀の竜、シルヴァの姿があった。


シルヴァは、近づいてくるアドルの足音に気づくと、ゆっくりと大きな銀色の眼眸を開いた。

その瞳には、すでに全てを悟ったかのような、深い悲しみと静謐さが宿っていた。


「……そうか」


シルヴァは、アドルが言葉を発する前に、低く地鳴りのような声で呟いた。


「やはり、主との魂の繋がりが……完全に消失している。我が内にあった、あの騒がしくも温かい契約の証が、綺麗さっぱり消え失せておるのだ。アドルよ、何があったのか、我が主に何が起こったのか、その全てを我に語れ」


アドルは逆らうことなく、シルヴァの前に立ち、昨日起こったすべての真実をありのままに伝えた。


ルルが人間と魔族のハーフであったこと。世界の崩壊を止めるために、リーネやルーネと共に、自らの命のすべてを捧げて世界を繋ぎ止めたこと。

アドルの話を静かに聞き終えたシルヴァは、天を仰ぎ、長く、悲痛な呼気を一つ吐き出した。その白い息は、朝の冷たい大気の中に溶けて消えていく。



「そうか。ならば……我はこれより、北の果て、我が巣へと戻ることにする」


シルヴァはゆっくりと巨体を起こし、翼を広げた。

その動作一つ一つに、主を失った孤高の竜としての哀愁が漂っている。


「主は……我が選んだ契約者は、最後まで立派だった。竜としての矜持をかけて言おう、彼女は最高の召喚士であった。だから、アドルよ、お前も胸を張れ。主はお前がそのような、今にも消え入りそうな顔をして生きることを、決して望んでおらんはずだ」


シルヴァの銀の瞳が、じっとアドルを見据える。


「お前と会うことも、もう二度とないだろう。だが、せめて……主がその命に代えて残してくれたこの世界を、お前たちの手で守り続けてやってくれ。それが、我が主の傍にいた竜としての、最後の願いだ」


「あぁ……」


アドルはシルヴァを見上げ、深く頷いた。


「色々と、ありがとうな。お前がいてくれて、本当に助かった。達者でな、シルヴァ」


「フン、お前たち人間もな」


シルヴァは最後に一度だけアドルを一瞥すると、力強くその巨大な翼を羽ばたかせた。凄まじい突風が平野を駆け抜け、白銀の巨体は朝焼けの空へと舞い上がっていく。


その姿はみるみるうちに小さくなり、やがて雲の彼方へと消え去っていった。


ルルが遺したもう一つの家族が、去っていく。

アドルはその軌跡を、ただじっと見送っていた。



基地へと戻ると、扉の前でカミラとミーシャが静かに出迎えてくれた。


二人の目は赤く腫れていたが、昨日よりはほんの少しだけ、現実を受け入れようとする落ち着きを取り戻しているように見えた。



「アドルさん……どこへ行ってたんですか?」



ミーシャが、掠れた声で尋ねる。


「シルヴァに、挨拶に行っていたよ。もう巣に戻るってさ。主に恥じない生き方をしろって、怒られちまった」


アドルが少しだけ自嘲気味に微笑むと、ミーシャは悲しげに瞳を伏せた。


「そうですか……。あの子も、自分の居場所に帰ったのね……」


カミラが二人の間に一歩進み出し、気丈にメイドとしてのトーンを保ちながら告げた。


「ご主人様、ミーシャ様。私たちも、いつまでもこの王都にいるわけにはいかないですね。今この時も、リュステリアの屋敷では、エナちゃんが一人で留守番をし、頑張っています。詳しいお話は……ここではなく、私たちの家に帰ってから、私とエナちゃんに、すべてを話してくださいね」


カミラの「家」という言葉に、アドルの胸が激しく痛んだ。


そうだ、俺たちには帰るべき場所がある。


待ってくれている家族がいる。いつまでもここで立ち止まり、下を向いているわけにはいかないのだ。


「そうだな……。いつまでも下を向いていても、ルルに怒られるだけか。リュステリアに帰る準備を始めよう」


「ええ、わかりました」


三人はすぐに荷支度を始め、最後にアリア王女、ガラハド、そしてマリアの元へ、王都を発つための挨拶に向かった。

城門前には、すでに復興のための瓦礫撤去を始めている騎士たちの姿があった。


「アドル殿、ミーシャ殿……。申し訳ありません、まだ王都の復興が始まったばかりで、皆さんに十分なお礼を差し上げられるのは、だいぶ先のことになりそうです……」


アリアが申し訳なさそうに眉をひそめる。


「そんなのはどうでもいいよ、アリア王女。俺たちは元々、お礼が欲しくて戦っていたわけじゃないから。これからの復興は直接手伝えないけれど、遠くから応援している。また何か困ったことがあったら、いつでもリュステリアへ連絡をくれ」


「はい、本当に……本当にありがとうございました。この御恩は、生涯忘れません」


「アドル殿、ミーシャ殿、心より感謝申し上げる。あなた方の歩む道に、剣聖の祝福があらんことを」


ガラハドが深く頭を下げ、その隣でマリアが、沈痛な面持ちでアドルを見つめていた。


「アドルさん、ミーシャさん……ありがとうございます。そして、ルルさんのこと……本当に、こんなことになってしまって、ごめんなさい……。私たちが、もっと早く動いていれば……」


マリアの言葉に、アドルは静かに首を振った。


「マリアのせいじゃないよ。誰のせいでもないんだ。ただ、お互いに知らなかっただけなんだから。……これからは、人間も魔族もなく、誰もが健全に、平和に暮らせる王都になることを祈っているよ」


「はい……!」


マリアは涙を拭い、強く頷いた。


そうしてアドルたちは、数々の激闘の記憶が刻まれた王都に別れを告げ、住み慣れたリュステリアの街へと帰還することにした。



王都の街道の入り口にて、アドルは荷馬車の前で足を止め、カミラとミーシャを振り返った。


「カミラ、ミーシャ……。帰りのことなんだけど、今回はシルヴァもいない。それに、あの『鉄のソリ』を使うのも……今は、そんな気分にはなれないんだ。どうしようか。普通の馬車だと、ここからリュステリアまでは何日もかかりすぎる。エナのことも心配だしな」


以前、笑いながら平野を爆走したあの鉄のソリ。今の精神状態で、あれに乗り込むのは、あまりにも思い出が強すぎて気が乗らなかった。


だが、ミーシャはアドルの言葉を聞き、静かに首を振った。


「アドルさん……鉄のソリ、使いましょ?」

「え?」

「シルヴァの話や、ルルちゃんの最期を聞く限りだと……私たちの屋敷にいるグラキエスも、無事では済んでいない……もう消えてしまっていてもおかしくないと、私は思っています。召喚主が消えてしまったのだから……。もし、グラキエスが突然消えていたら、エナちゃん、今頃きっと何が起きたか分からなくて、すごく不安で、大変なことになっていますよ」


ミーシャの指摘に、アドルはハッと目を見開いた。


グラキエスは、ルルが使役していたゴーレムであり、屋敷の警備やエナの作業の手伝いをこなしていた。

ルルという根源が消失した今、グラキエスもまた、この世界から跡形もなく消え去っている可能性が極めて高い。


何も知らないエナが、突如としてゴーレムが消えた屋敷で、どれほどの恐怖と不安に晒されているか。


「……そうだな。俺の我が儘で、エナをこれ以上不安にさせるわけにはいかない。気分は乗らないけれど、ソリで行こう。カミラは初めてになるから、しっかりと防具を身につけてくれ。仕組みを説明する。その後乗り込もう」


「鉄のソリ……ですか」


カミラはアドルの錬成した金属製のソリの構造を見つめ、少しだけ身を硬くした。


「なんか、響きだけでも十分に怖いです、ご主人様」


「大丈夫、俺がしっかり制御するから。じゃあ準備をして、明日の昼には王都を出るぞ」


「わかりました」

「はい、アドルさん」


ソリのシートに座ると、どうしても隣の「いつもなら一番騒がしかった特等席」の空白が目に入ってしまう。


アドルは奥歯を噛み締め、前だけを見据えて磁力の錬成陣を起動した。


気乗りはしない。


しかし、待っている家族のために。アドルたちは爆速で平野を駆け抜け、リュステリアへの帰路を急いだ。



通常の数日分の距離を一瞬で縮め、アドルたちは見慣れたリュステリアの街の、自分たちの屋敷へと帰還した。


ソリを収納する間も惜しみ、アドルたちは玄関の扉を開け、エナの元へと急いだ。


「皆さん! お帰りなさいませ!」


奥から飛び出してきたエナは、アドルたちの姿を見るなり、縋り付くようにして駆け寄ってきた。


その顔は完全に涙と不安で強張っていた。


「あの、あの、大変なんです! 数日前、屋敷の庭や工房を手伝ってくれていたグラキエスが、何の前触れもなく、突然サラサラと砂みたいに崩れて消えてしまって……! カミラさんも連絡がつかないし、王都で何があったんですか!? ルルちゃんは……ルルちゃんはどこですか!?」



エナの必死の叫びに、アドルは胸を抉られるような痛みを覚えながらも、彼女の肩を優しく掴んだ。


「エナ、落ち着いてくれ。……カミラにも詳しく話すから、まずは全員、広間に集まってくれ」


アドルはカミラ、ミーシャ、そしてエナを広間の大きなテーブルに座らせた。


そして、リュステリアの安寧から始まった自分たちの旅が、どのような終着点を迎えたのか。


禁忌の森での世界の真実、魔王の正体、そして、ルルという一人の少女が、自らの命と引き換えにこの世界のエラーを完全に書き換え、リーネたちと共に消滅していった経緯のすべてを、一言一言、噛み締めるようにして話した。


静まり返った広間に、アドルの声だけが響く。


すべてを話し終えた時、広間のテーブルには、ただ激しい悲鳴のような泣き声だけが木霊していた。


「嘘……嘘だよ、ルルちゃん……。そんなの、嫌だよ……っ!」


エナはテーブルに突っ伏し、子供のように大声を上げて泣き崩れた。


カミラもまた、エナの肩を抱き寄せながら、堪えきれずに涙をボロボロと流し、嗚咽を漏らしている。



王都の拠点での夜がそうであったように、その日、リュステリアの屋敷は、再び深い、深い底なしの悲しみへと包まれることとなった。



翌日。

よく晴れた朝の光が、屋敷の裏庭を静かに照らしていた。


アドルとミーシャは、並んで一つの墓標の前に立っていた。かつてこの街で俺たちを温かく迎え入れ、そして黒犬の襲撃によって命を落とした、かけがえのない恩人であり家族、ドランの墓標だ。


アドルは墓標の前に跪き、新しく摘んできた花をそっと供えた。


「ドランさん。……やっと、本当の平和が、俺たちの求めていた安寧が、この世界に訪れたよ」


墓標の冷たい石肌に触れながら、アドルは静かに語りかける。


「だけど……あんたを含め、ルルという、かけがえのない大切な家族を代償にして……な。俺たちの望んだ世界は、これで本当によかったのか? ――正直に言うよ。今でも、俺にはわからないんだ」



チート能力を手に入れ、何でも複製できるようになった。

どんな武器も、回復薬も、物量で敵を圧倒できた。



だけど、本当に守りたかった小さな少女の命だけは、どうしても守ることができなかった。



「でもさ、ドランさん。ルルは、命を懸けてこの世界を、俺たちの日常を守ってくれたんだ。だとしたら、そのルルが残してくれたこの世界を、このリュステリアの街を、俺たちが責任を持って存続させていかなきゃいけない。ここで立ち止まってたら、絶対にあの子に笑われちまうからな」


アドルは立ち上がり、涙を拭って前を向いた。


「だから、俺たちは前を向くよ、ドランさん。……そうだよな、ミーシャ」


アドルの隣で、ミーシャもまた、涙の残る瞳で墓標を見つめ、力強く頷いた。


「ええ……。今はまだ、胸に大きな穴が空いたみたいに辛いけれど。私たちには、ルルちゃんが遺してくれたこの日常を、精一杯生きていく義務があるわ。アドルさん、一緒に、この街で生きていきましょう」


「あぁ」


二人はしっかりと手を繋ぎ、墓標の向こうに広がる、どこまでも穏やかなリュステリアの街並みを見つめた。


失ったものはあまりにも大きく、その傷が癒えるには途方もない時間が必要だろう。だけど、世界は、日常は、確かにルルの手によって守られたのだ。


アドルたちは深く息を吸い込み、一歩、確かな足取りで屋敷へと歩き出した。


かけがえのない犠牲の上に成り立つ、新しく、そして少しだけ静かになった日常を、彼らは再び、自分たちの足で歩み始めていくのだった。

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