第197話:天を裂く雷鳴
王都上空で激突する白銀と紅蓮。
二体のアルティメットドラゴンが放つ極端な熱と冷気の衝突は、大気中に急激な上昇気流を生み出し、瞬く間に王都の空を分厚い積乱雲で覆い尽くした。
ポツリと落ちた冷たい水滴は、数秒後には視界を遮るほどの豪雨へと変わった。
ゴロゴロと低い雷鳴が腹の底を震わせる。
その豪雨の地上では、剣士ガラハドが泥にまみれながら死闘を繰り広げていた。
「はああああっ!」
彼の手にあるのは、大剣ただ一本。迫り来る魔王軍の重装歩兵の槍を大剣で弾き返し、そのままの勢いで漆黒の鎧ごと敵を両断する。
王都騎士団の生き残り二千名も、ガラハドの背中を追って必死に剣を振るっていた。
しかし、一万という魔王軍の数は、純粋な物理的圧力となって彼らの体力を削っていく。
「押し込まれるな! 剣を振るい続けろ!」
ガラハドが叫ぶが、雨でぬかるんだ地面に足をとられ、陣形は少しずつ後退を余儀なくされていた。
その戦局を石柱の上から見下ろしていたアドルは、空に轟く雷鳴を聞き、口角を上げた。
「……整った。極上の触媒が、空から降ってきたな」
アドルは石柱から飛び降り、最前線で剣を振るうガラハドたちの後方へと着地した。
そして、雨水が溜まり泥濘となった大地に両手を叩きつける。
「ガラハド! 一切動くな!」
「アドル殿!? 承知した!」
アドルは脳内で凄まじい速度で化学式と現象の設計図を組み上げた。
降ってくる雨水をただの水として扱うのではない。足元の土壌から塩分とミネラルを急激に溶け出させ、魔王軍一万が立っているエリアの雨水のみを、極めて電気を通しやすい『高濃度電解液』へと錬成し書き換える。
対して、ガラハドたち騎士団が立つエリアの地面は完全に絶縁化し、水分を弾くよう構造を変化させた。
「次は空だ」
アドルは片手を天へと突き上げる。
積乱雲の中に蓄積された莫大な静電気。
その行き先となる『道』を、大気中の気体分子を強引に引き裂いてプラズマ化させることで作り出す。
「自然錬成……大気電離および導電水陣ライトニング・コンダクション!」
アドルの手から放たれた見えない誘電の道が、上空の積乱雲へと繋がった瞬間だった。
ピカッ!!
王都の空が真っ白に染まった。
次の瞬間、鼓膜を破るような轟音と共に、積乱雲から無数の落雷が地上へと降り注いだ。
だがその雷は無作為に落ちたのではない。
アドルが作り出した大気の道を通り、魔王軍の足元に広がる高濃度電解液のプールへと正確に誘導されたのだ。
「ぎゃあああああっ!」
「な、体が、痺れ……っ!」
数万ボルトの電流が電解液を通じて一万の魔王軍の足元から駆け巡る。
鎧を着た魔族たちは絶叫を上げ、全身の筋肉を痙攣させて次々とその場に倒れ伏した。
致死量には達しなかったが、これで奴らの動きは完全に麻痺した。
ガラハドたち騎士団の足元は絶縁されているため、雷の影響は一切受けていない。
「今だ! 敵は動けない、一気に押し返せ!」
ガラハドが大剣を天に掲げ、突撃の号令を響かせる。
二千の騎士たちは歓声を上げ、麻痺して動けない魔族たちを次々と無力化しながら、怒涛の勢いで平野を押し返していった。一万対二千という絶望的な数的不利は、アドルの環境錬成によって完全に覆されたのだ。
「よし、こっちはガラハドたちだけで片付く」
アドルは戦況の好転を確認すると、すぐに上空へと視線を向けた。
雲を切り裂きながら、白銀の竜と紅蓮の竜が激しい肉弾戦を繰り広げている。
アドルは足元の土を隆起させて巨大な塔を錬成し、上空の戦場へと一気に近づいた。
「シルヴァ! 加勢する!」
アドルが声を張り上げたその時、白銀の竜が巨大な翼を翻して距離を取り、アドルの方へと顔を向けた。
『手出し無用だ、アドルよ!』
シルヴァの声が、念話となってアドルの脳に直接響く。
その瞳には、かつてないほどの激しい闘志と、竜としての絶対的な矜持が燃え盛っていた。
『この戦いばかりは、我ら竜族の誇りを懸けたもの! 例え主の命であろうと、邪魔立ては許さぬ! 我が力のみで、あの裏切り者の炎を消し飛ばしてやる!』
「……シルヴァ」
『クックック、主の加勢がないと勝てぬと泣きつくかと思ったが、少しは見どころがあるようだな、白銀の!』
フレイムドラゴンが紅蓮の炎を吐き出しながら嘲笑う。
『吠えるな! 貴様のその安い挑発ごと、永遠の氷壁に閉ざしてやろう!』
シルヴァの言葉を最後に、二体のドラゴンは互いに距離をとり、体内の全魔力を喉の奥へと圧縮し始めた。
シルヴァの口元には空間が凍りつくほどの絶対零度の球体が、フレイムドラゴンの口元には空間が歪むほどの超高熱の球体が形成されていく。
『燃え盛れ! 極大紅蓮ブレス、プロミネンス・フレア!!』
『凍てつけ! 極大氷結ブレス、ブリザード・ダスト!!』
相反する究極のエネルギーが、上空で正面から激突した。
光と光の衝突。音が消え、視界が真っ白に染まるほどの極大のエネルギーの渦。
拮抗した二つのブレスは、行き場を失い、巨大な衝撃波となって地上へと降り注いだ。
ズドォォォォォォォォンッ!!
その余波は、地上で麻痺して倒れていた魔王軍の密集地帯を直撃した。
逃げることもできない約二千の魔族兵が、絶対零度による凍結と超高熱による蒸発を同時に浴び、跡形もなく吹き飛ばされていく。
結果的に、魔王軍の戦力はここでも致命的な被害を受けることになった。
上空では、ブレスの衝突によって生じた凄まじい爆風と水蒸気の中、二体のドラゴンが互いの急所を狙って最後の突撃を敢行していた。
『がああああっ!』
『おおおおおっ!』
巨大な牙が互いの首筋に食い込み、鋭い爪が分厚い鱗を貫く。
鮮血が雨に混じって降り注ぐ中、二体の限界を超えた魔力が内側から暴走し、空中で大爆発を引き起こした。
眩い閃光が晴れた後。
積乱雲が嘘のように散らばり、太陽の光が平野に差し込み始めていた。
空から、二つの小さな影が落下してくる。
竜の姿を維持できなくなり、人型へと戻ったシルヴァとフレイムドラゴンだった。
アドルは風の錬成陣を展開し、落下してくるシルヴァの体を優しく受け止めた。
フレイムドラゴンだった赤髪の男は、少し離れた地面に激突し、深いクレーターを作って沈黙している。
「……シルヴァ、無事か」
アドルが腕の中でぐったりとしているシルヴァに声をかける。
白銀の髪は泥にまみれ、全身傷だらけだが、その胸は確かに上下していた。
「……フン。相打ちとは、我としたことが……不覚、だな。だが……あの馬鹿の炎は、確かに、消し飛ばして、やった……」
シルヴァはうわ言のようにそう呟くと、満足げな笑みを浮かべて完全に意識を手放した。
フレイムドラゴンの方も、ピクリとも動かない。
伝説の竜同士の対決は、凄絶な相打ちという形で幕を閉じたのだ。
「ああ、お前のプライド、確かに見届けた。ゆっくり休め」
アドルはシルヴァの体を安全な場所へそっと横たえると、立ち上がった。
ガラハドと騎士団の戦局は完全にこちらへ傾き、上空の脅威も去った。
残るは、二つの戦場。
アドルは視線を巡らせ、凄まじい魔力の衝突が続いている平野の奥を睨みつけた。
第一の将ヴァンダルの圧倒的な物理の暴力と、それに単身で立ち向かっているミーシャの姿が見える。ミーシャの魔力が、少しずつだが確実に削られ、劣勢に立たされているのがわかった。
「待っていろ、ミーシャ。今行く」
アドルは地を蹴り、無数の岩の足場を錬成しながら、愛する相棒が戦う死地へと全速力で駆け出した。




