第195話:竜の宿命
石柱の上から飛び降りたアドルは、隣に立つミーシャに視線を向けた。
「ミーシャ。ヴァンダルはお前に任せる。俺は一度ガラハドのところへ行き、あの数的不利をなんとかしてくる」
一万対二千。
盾などという守りを一切持たず、己の剣一本のみで戦場を駆け回る純粋な剣士ガラハド。
彼の超人的な奮闘があったとしても、この圧倒的な数の暴力の前では、いずれ騎士団がすり潰されるのは明白だった。
戦場全体を覆すための、大規模な環境錬成が必要だ。
「ええ、わかっているわ、アドルさん。あの脳筋将軍は、私の『四重螺旋』で完全に消し飛ばしてあげる」
ミーシャは頼もしく頷くと、巨大な戦斧を振り回し暴れ狂う第一の将ヴァンダルへと向かって、瞬時に空間跳躍を果たした。
一方、戦場を見下ろす高台。
ルルは、眼下で紫の爆炎に飲まれたアリアとレオンハルトの姿を見て、激しく唇を噛み締めていた。
(あたしが……あたしがもっとしっかりイザベラを抑え込んでいれば、あんな横槍を入れさせることはなかったなの……!)
召喚士としての自分の未熟さが、味方の総大将を絶体絶命の窮地に追いやった。
その重すぎる責任感と悔しさが、ルルの小さな胸をギリギリと締め付ける。
「あら、お嬢さんが責任を感じることはないのですわよ?」
高台の縁に立つ第二の将イザベラが、扇子で口元を隠しながら優雅に笑った。
「王族のふたりは、どちらにしろ死ぬ運命なのですから。私の手を少し煩わせただけ、光栄に思いなさいな」
その冷酷で底意地の悪い言葉に、ルルの内側で激しい怒りのボルテージが跳ね上がる。
魔力が暴走しかけ、周囲の大気がビリビリと震え始めた。
「お前……絶対に許さないなのっ!」
「落ち着け主、安い挑発に乗るな。相手の罠だ」
激昂して突撃しかけたルルの前にスッと腕を出したのは、白銀の髪を持つ人型のシルヴァだった。
その冷ややかで冷静な声が、ルルの頭に少しだけ冷水を浴びせる。
ルルの身を覆うオーラと同化しているすらたんも、脳内で素早く状況を計算し、直接声を響かせて同意した。
「そうです、冷静に行きましょう、マスター。アドルさんはこちらには回れないと思います。自分たちの力で、このイザベラを倒す方法を考えないといけませんよ」
「っ……! そうなの、わかってるなの……でも、あいつっ!」
ルルが必死に怒りを抑え込み、杖を握り直していると、イザベラの視線がルルの隣に立つシルヴァへと向けられた。
「あら、その横にいるのは……ブリザードアルティメットドラゴンかしら? 久しぶりに人型を見ましたわ。ふふ、ならばこれはどうかしら」
イザベラが扇子を振り下ろすと同時に、彼女の背後に極大の召喚陣が展開された。
空が赤黒く染まり、周囲の大気が息苦しいほどの異常な熱を帯びていく。
「顕現しなさい。すべてを灰燼に帰す、焦熱の化身よ」
召喚陣から姿を現したのは、シルヴァと対をなすような、巨大な紅蓮の竜だった。
その全身から噴き出す炎が、周囲の岩をドロドロに溶かしていく。フレイムアルティメットドラゴンだ。
「なっ……」
シルヴァが目を見開き、常に余裕を見せていたその顔に驚愕の色を浮かべる。
「ほう。誰かと思えば、北の凍土の引きこもり、白銀のブリザードドラゴンではないか」
フレイムドラゴンは、その巨大な顎を揺らして重低音で笑った。
「よもや、この俺がイザベラと契約していることにも驚いたか? だがそれ以上に驚きなのは、誇り高きお前が、そんなどこぞの小娘の召喚獣に成り下がっていることだがな!」
「……貴様、なぜ魔族の女などに力を貸している。我ら竜族の誇りを捨てたか」
「誇りだと? 力こそがすべてよ。この戦場で、俺の炎が最強だと証明してやる!」
かつて同格のライバルとして凌ぎを削った、伝説のドラゴンの出現。
シルヴァは静かに目を閉じ、そして、決意を込めた瞳でルルを振り返った。
「主、すまぬ。我はコイツと全力で戦わねばならないようだ」
そう言い放つと同時に、シルヴァの全身から猛烈な吹雪が巻き起こった。
人型の肉体が弾け、純白の分厚い鱗と巨大な翼を持つ、ブリザードアルティメットドラゴンの真の姿へと変貌を遂げる。
シルヴァは巨大な竜の姿のまま、ルルを包み込むすらたんのオーラに向かって重々しく告げた。
「エンシェントスライム。主を任せたぞ」
「はい! マスターはお守りします!」
『行くぞ、白銀の! お前のその冷気、俺の炎で完全に蒸発させてやる!』
『吠えるな、トカゲもどき。我が絶対零度で、貴様の核まで凍てつかせてくれるわ!』
ルルとイザベラという主の戦いを飛び越え、白銀の吹雪と紅蓮の炎が上空で真っ向から激突する。
天を焦がし、地を凍らせる。伝説のアルティメットドラゴン同士の、天地を揺るがす死闘が今、幕を開けたのだった。




