第192話:王都防衛戦
地平線を黒く塗り潰すような絶望の群れが、ついに王都の城門前に到達した。
王都を囲む広大な平野を埋め尽くしているのは、魔王領から呼び寄せられた一万にも及ぶ魔王軍の精鋭部隊。
重装甲がこすれ合う不気味な金属音と、魔獣たちの低いうなり声が大気を震わせている。
その圧倒的な軍勢の先頭に立っているのは、第一の将ヴァンダルでも、第二の将イザベラでもなかった。
豪奢な鎧に身を包み、かつての高潔さを失った冷たい瞳で王都を見下ろしている男。
それは、行方をくらませていた第一王子、レオンハルト・グランレガリアその人だった。
その後方に、巨大な戦斧を担いだヴァンダルと、妖艶な笑みを浮かべるイザベラが控えている。
迎え撃つは、王都の城門前に陣取った反乱軍の総戦力。
アリア王女を筆頭に、俺、ミーシャ、ルル、そして白銀の人型形態をとるシルヴァ。
負傷兵の治療拠点を預かるマリア。
さらに、剣士ガラハドが束ねる王都騎士団の生き残り、約二千名。
頭数だけを見れば、五倍もの絶望的な戦力差が両軍の間には横たわっていた。
吹き荒れる風の中、魔王軍の先頭に立つレオンハルトが一歩前に進み出た。
魔導具によって増幅された彼の声が、王都の城壁にまで響き渡る。
「王都の民よ、そして愚かなる反乱軍よ。大人しく投降しろ」
レオンハルトの声には、かつての温かみは微塵もなかった。ただ機械的に、冷徹に言葉を紡ぎ出す。
「無闇に命を奪いたいわけではない。だが、今の王都はすでに腐りきっている。父上も、貴族たちも、何もかもがだ。この腐敗したすべてを、この私、レオンハルトがいったんリセットし、新たな『新生グランレガリア』を再建する! 大人しく投降した者の命は保証しよう。だが、私に歯向かう者は、一人残らず蹂躙する。……以上だ!」
狂気に満ちた建国宣言。
魔族に取り込まれ、洗脳の果てに自国を滅ぼそうとする第一王子の姿に、防衛陣の騎士たちは息を呑んだ。
だが、その絶望の空気を切り裂くように、アリア王女が前へと進み出た。彼女もまた、魔導具を通して兄へと、そして民衆へと声を放つ。
「兄さん、何を言っているの! あなたは魔族に取り込まれているわ! 目を覚まして!」
悲痛な叫びはレオンハルトには届かない。
アリアは唇を噛み締め、王都の城壁からこちらを見守る無数の市民たちへと顔を向けた。
「王都の民よ、騙されないでください! 今、あの先頭に立っているレオンハルト兄さんは、もうグランレガリア家の王族ではありません! 自らの保身と野望のために、愛する民に刃を向ける王族がどこにいましょうか!」
アリアの言葉には、王族としての誇りと、民を護り抜くという強烈な覚悟が込められていた。
「この戦いに勝利すれば、グランレガリアに本当の平和と安寧が訪れます! 民の皆さん、そして騎士たちよ。どうか、私に力を貸してください!」
「おおおおおおおおっ!!」
アリアの決死の叫びに呼応し、城壁の上の市民たち、そして城門前に並ぶ二千の騎士たちから、大地を揺るがすほどの地鳴りのような歓声が上がった。
数では劣っていても、士気は完全に魔王軍を凌駕している。
大歓声が平野に響き渡る中、俺は極めて冷静に敵軍の陣形と戦力を分析していた。
(士気は高いが、数の不利はどうしようもない事実だ。正面からぶつかり合えば、間違いなくこちらが先にすり潰される。……俺たち異分子が、どれだけ戦局を覆せる行動をとれるか。それが勝敗の鍵だ)
一方、熱狂する反乱軍を見たレオンハルトは、冷酷な目で剣を抜き放った。
「どうやら、ただの一人も私の崇高な理念を分かってくれないようだな。致し方ない。……ヴァンダル殿、交渉は決裂だ。武力行使に移る」
「とんだ茶番だな。最初からこんな前置きなど無視して、踏み潰してしまえばいいのだ」
ヴァンダルは巨大な戦斧を肩に担ぎ直し、獰猛な牙を剥き出しにして笑った。
レオンハルトが軍勢の先頭に立ち、突撃の構えをとる。
「全軍突撃! 魔王様直々の命令だ、一匹たりとも生かして帰るな! 王都を血の海に沈めよ!」
ヴァンダルの号令と共に、一万の魔王軍が怒涛の津波となって一斉に進軍を開始した。
「くっ……この数は、やはり脅威ね」
アリアが剣の柄を握りしめ、顔を強張らせる。俺は即座に仲間の前に立ち、それぞれに的確な指示を飛ばした。
「アリア、レオンハルトはアリアが抑えろ! ヴァンダルはミーシャが、イザベラはルルが抑えてくれ!」
「私が、ヴァンダルを……」
「あたしが、あの嫌な女をやるなのね!」
俺の指示に、仲間たちが瞬時に戦闘態勢に入る。
「ガラハド! お前は騎士団を率いて、一万の精鋭軍の進行を抑えてくれ。数ではかなり厳しい戦いになる。絶対に無理に突っ込まず、盾を固めて押し引きしながら時間を稼いでくれ。騎士団の細かな前線指揮はお前に任せる!」
「承知した! 我が剣で、奴らの牙を食い止めてみせよう!」
「シルヴァ、お前はルルの護衛と、遊撃を頼む!」
「フン、我が主に指図されるまでもない。我が氷槍で、あのアバズレ女を凍てつかせてくれるわ」
白銀の髪をなびかせ、人型のシルヴァが不敵に笑う。
「俺は戦場全体を動き回る。全体のバランスを見ながら、戦局を有利に進められるように各局面を自然錬成で援護する!」
この大規模戦闘において、個の力で一万を消し飛ばすことは不可能に近い。
だが、それぞれの敵将を分断し、俺が錬金術で戦場の環境そのものを操作して味方の有利な状況を作り出せば、勝機は必ず生まれる。
「アリア、こちらも号令を!」
俺の言葉に、アリアは深く頷き、天に向かって白銀の剣を高く掲げた。
「グランレガリア軍、全軍突撃開始ぃぃぃっ!!」
「「「うおおおおおおおおおおっ!!」」」
反乱軍二千の鬨の声が、迫り来る魔王軍の咆哮と正面から激突する。
土煙が舞い上がり、鉄と鉄がぶつかり合う凄惨な音が平野に響き渡る。
アリアとレオンハルトという、悲しき王族の兄妹対決。
極大魔法を手にしたミーシャと、武力の化身ヴァンダル。
召喚士ルルと竜の化身シルヴァに対する、圧倒的なオーラを纏う召喚士イザベラ。
そして、圧倒的な数に立ち向かうガラハドと王都騎士団。
俺は戦場全体を見渡すため、足元の土を錬成して巨大な石柱を立ち上げ、その頂上へと飛び乗った。
風が吹き荒れ、血の匂いが立ち込める。
王都の歴史上最大規模とも呼べる戦争、その壮絶な最終決戦の火蓋が、今ここに切って落とされたのだ。




