第191話:沈黙の王都
魔王城の玉座の間。
重苦しい空気の中、第一の将ヴァンダルは苛立ちを隠そうともせず、巨大な拳で肘掛けを叩いた。
「小賢しい。ちまちました陣取りなど、我らの性には合わぬ。脳内に汗をかくような戦いなど、もう御免だ」
ヴァンダルは不敵な笑みを浮かべ、玉座に座る魔王アレン・クロフォードを見上げた。
「魔王様、よろしいでしょうか。王都の各拠点はすべて放棄いたします。守りきれぬ場所にしがみつくのは弱者のすること。力こそすべて、数こそ暴力。その真理を、人間どもに刻み込んでやりましょう」
「……ヴァンダル、これをするからには負けられないぞ。大丈夫なんだな?」
魔王アレンの問いに、ヴァンダルは自信に満ちた声を響かせた。
「必ずや王都反乱軍を壊滅させ、再び蹂躙し、制圧する姿をご覧に入れます。魔王領から一万の精鋭軍を動員する許可を」
「ふん。ならば総戦力を動員するがいい。……イザベラ、お前も戦場へ行くのか?」
アレンの視線が、傍らに立つ第二の将イザベラへと向けられた。
イザベラは優雅に髪をかき上げ、紅い唇を吊り上げた。
「そうですわね。ヴァンダルだけでは脳筋すぎて、野戦とはいえ不安ですもの。私が戦場を支配してみせますわ」
「大丈夫なのか? 敵には化け物のような錬金術師や、その仲間がいると報告が来ている。イザベラ、くれぐれも無理はするな」
魔王の言葉には、部下への信頼以上の、どこか秘めた慈しみのような響きがあった。
それに気づいたイザベラは、くすくすと楽しげに笑う。
「あら、魔王様ったら過保護なんですから」
「……茶化すな。心配なだけだ。お前にもしものことがあったら、私は……」
アレンが言葉を濁すと、イザベラはその視線を真っ向から受け止めた。
「大丈夫ですわ。伊達に魔王軍四天王を名乗っていませんし、魔王様のお力、寵愛を存分に受けておりますもの。高みの見物をなさっていてくださいな」
その言葉を最後に、魔王軍の主力は王都の市街地から、潮が引くように姿を消していった。
◇
一方、その頃の王都。
アルベルト殿下の演説とアドルたちの快進撃により、街は勝利を確信した市民たちの歓喜に包まれていた。
だが、王都の城門前に立ち尽くしていたアリア王女は、不気味なほどの静寂に眉をひそめていた。
「おかしいわ。静かすぎる。敵が王都から一切いなくなっている……? 私たちの勝利、なの……?」
「いや、突然いなくなるのはおかしい。警戒するべきだ」
アドルの冷静な指摘に、ミーシャも真剣な面持ちで頷く。
その時、遠くを見つめていたルルが、何かに気づいたように声を上げた。
「ねぇ、アドルさん。城の外、遠くをみてなの」
「ん?」
「まだすごい遠いけど……なにか群れのようなものが、少しずつ近づいてきている気がするなの」
ルルの鋭い感覚に導かれ、アドルとミーシャも遠くの地平線に目を凝らした。
王都を囲む平野の向こう側、土煙が空を覆わんばかりに舞い上がっている。
それは、一万という魔王軍の総力が、大地を震わせて行進してくる姿だった。
「ほんとだわ。なにかとてつもない軍隊のようなものが、すごい数で城に向かってきているわ。あれは……一万は下らないわね」
ミーシャの声が緊張で震える。
「くっ、まさか数で押し潰しに来ているというの……?」
アリアが顔を青ざめさせるが、アドルはその肩に手を置いた。
「アリア、慌てるな。国民の士気は高いままだ。敵軍が到達するまでまだ少し時間がある。今は自軍の兵たちを整えて、大規模戦闘に備えるんだ。各エリアの防衛ではなく、全戦力を城門前に集結させるぞ」
「ええ……ええ、そうね。わかったわ。すぐに指示を出すわ」
アリアが走り出すのを見送り、アドルは仲間に向き直った。
「俺たちも一度、地下基地へ戻って準備を整えてから城門前に行く。ミーシャ、ルル、行くぞ」
◇
地下基地の扉を開けると、いつものようにカミラが迎えてくれた。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
アドルが簡潔に戦況を説明すると、カミラは珍しく動揺を見せ、たまらずアドルの体に抱きついた。
その温もりが、これから始まる凄惨な戦いの予感を一層強くさせる。
「不安ですわ。ご主人様……」
「大丈夫だ、カミラ。心配するな。ただ、今回の戦闘は今までの比ではない、相当大規模なものになる。だが、これに勝てれば本当の平和が訪れるんだ。負けられない」
アドルは彼女の背中に手を回し、優しく、しかし確かな決意を込めて抱きしめ返した。
「無理はしないでください。本当に……」
「ああ、わかっている。……ミーシャ、ルル。あまり時間はない。出来うる準備をして、戦場に向かおう」
「ええ、アドルさん。リーネ師匠との修行の成果、ここで全部ぶつけるわ」
「あたしも準備万端なの! シルヴァと一緒に、あんなやつら蹴散らしてやるなのよ!」
アドルたちは、それぞれが持つ最高の触媒や魔石、そして最新の錬金デバイスを最終チェックした。
一万の暴威が王都を飲み込もうとする中、アドルたちは決戦の地、城門前へと向かう。グランレガリアの運命を賭けた、本当の最終決戦が、今まさに幕を開けようとしていた。




