第189話:連動する戦場
第七商業エリアが奪還されたという報は、魔王軍の陣営に走る激震となって伝わっていた。
「……何だと? 第七商業エリアが、わずか数十分で陥落しただと!?」
王都の一角、魔王軍が前線司令部として占拠している貴族街の邸宅。
第一の将ヴァンダルの配下である魔族の将校たちが、信じられない報告を前に色めき立っていた。
「馬鹿な……。あそこには精鋭の重装歩兵大隊と、結界魔導師の分隊を配置していたはずだ! それを、たった数人で粉砕したというのか!?」
「そ、そうです! ブリザードドラゴンの化身と、見たこともない規模の極大螺旋魔法……そして、環境そのものを支配する異常な錬成術。反乱軍に、規格外の怪物が紛れ込んでおります!」
報告を聞いた将校たちの間に、これまでの慢心は消え失せ、代わりに焦燥と動揺が広がっていた。
彼らは即座に戦力を再編し、次に狙われるであろう重要拠点への防衛を固め始めた。
◇
一方、マリアの教会の地下にある反乱軍拠点。
そこは、久しぶりの勝利に沸き立つ歓喜の渦に包まれていた。
「アドル殿! 見事な戦いぶりでした! まさか、あの鉄壁の商業区を無傷で落としてしまうとは!」
ガラハドが興奮を隠せない様子で俺の肩を叩いた。
アリア王女や、負傷兵の治療に当たっていたマリアも、希望に満ちた表情で俺たちを迎えてくれる。
「これで西区の住民たちへの物資も届けられます。アドルさん、本当に、本当にありがとうございます!」
アリアの言葉に呼応するように、騎士団のメンバーたちからも歓声が上がる。
だが、そんな熱狂の中でも、俺とミーシャは至って冷静だった。
「アリア、喜ぶのはまだ早い。奪還したのはまだ全エリアの数パーセントに過ぎないんだ。ヴァンダルが本腰を入れてくる前に、畳み掛けるぞ」
俺の落ち着いたトーンに、拠点の空気が少しだけ引き締まった。ミーシャも隣で静かに頷く。
「ええ。敵が混乱している今が最大のチャンスよ。次は、二拠点同時の奪還を提案したいわ」
「二拠点同時……ですか?」
アリアが驚きに目を見開く。
俺は地図を広げ、二つの地点を指し示した。
「一つは、王都の防衛網の要である『東の防衛門』。
そしてもう一つは、その門の防衛結界に魔力を供給している、地下の『水霊の魔導炉』だ」
俺の作戦はこうだ。
まず、東の防衛門に派手な攻撃を仕掛け、敵の主力と援軍をそこに釘付けにする。
だが、強力な結界がある限り、門を正面から落とすのは難しい。
その隙に、別の部隊が地下の魔導炉を制圧し、結界を強制解除する。
結界が消えた瞬間に、門の部隊が一気に中へ雪崩れ込むという、連動した同時攻略だ。
「拠点を守るアリアとマリア、騎士団の主力はここに残って防衛に徹してくれ。敵がここを狙ってくる可能性もゼロじゃない。……ガラハド、お前にはルルとシルヴァと一緒に『東の防衛門』を叩いてほしい」
「我らが陽動、というわけだな。承知した! 我が剣、存分に振るってみせよう!」
「あたしたちにお任せなの! シルヴァと一緒なら、どんな大軍が来ても蹴散らしてやるなのよ!」
ルルが気合十分に拳を突き出した。
隣では人型のシルヴァが、フンと鼻を鳴らして氷の槍を構えている。
「我が行く先に、阻めるものなど存在せぬ。アドルよ、地下の制圧は任せたぞ」
「ああ、頼んだ。……行くぞ、ミーシャ」
「ええ、アドルさん」
俺とミーシャは地下道へと入り、作戦を開始した。
◇
東の防衛門。
魔王軍が誇る最強の防衛結界が展開される中、地響きと共に戦闘が始まった。
「奥義、星天の調べ!」
ガラハドの放つ白銀の剣閃が結界に激突し、火花を散らす。
同時に、空を舞うシルヴァが冷気のブレスを吐き出し、城壁に陣取る弓兵たちを一瞬で凍土へと変えていく。
「こ、こいつら……なんてデタラメな攻撃力だ! だが、この聖なる結界がある限り、中へは一歩も通さ――」
敵兵の言葉が途切れる。
◇
同じ頃、地下深くの『水霊の魔導炉』。
俺とミーシャは、立ち塞がる魔導師の精鋭たちを、一分の無駄もない連携で制圧していた。
「ミーシャ、右の三体は任せた」
「了解。……二重螺旋、放てっ!」
ミーシャが指を差すだけで、逃げ場を失った敵兵たちが光の中に消える。
俺はその隙に、魔導炉を構成する巨大な魔石の回路へと手を触れた。
「瞬きの錬成……因果律の再構築」
俺は魔導炉を破壊するのではなく、その機能を「反転」させた。
魔力を供給するのではなく、周囲の魔力を強引に吸い上げるブラックホールへと書き換える。
「錬成……完了だ」
地下で俺が錬成を完了させた瞬間。
地上、東の防衛門を覆っていた巨大な光のドームが、パリンという軽やかな音と共に、粉々に砕け散った。
「な、なんだ!? 結界が消えただと!?」
パニックに陥る敵軍の前に、ガラハドが大剣を高く掲げる。
「今だ! 王都の誇りを見せよ! 突撃――!!」
「なのーっ!!」
結界を失った敵軍に、シルヴァの冷気とガラハドの剣、そしてルルの拳が牙を剥く。
地上の混乱を地下から感じながら、俺はミーシャと視線を合わせた。
二つの戦場がパズルのように噛み合い、敵の想定を遥かに超える速度で拠点が落ちていく。
王都奪還。その歯車が、かつてない勢いで回り始めていた。




