第183話:鉄のソリの再来
冷たい夜風を切り裂き、俺たちは王都の裏路地を駆け抜け、マリアの教会の地下に隠された反乱軍拠点へと滑り込んだ。
「姉上……っ!」
「アルベルト! ああ、無事で……本当によかった……!」
アリア王女は弟の姿を見るなり、王族としての矜持も忘れ、泥だらけのアルベルトを強く抱きしめた。
姉弟の感動の再会。
周囲の反乱軍兵士たちも安堵の涙を流している。
だが、その温かい空気に浸っている猶予は俺たちにはない。
「ミーシャ」
「ええ、わかっているわ」
俺はアルベルトをアリアに託すと、息をつく間もなくミーシャに声をかけた。
「ルル、殿下の護衛とこの場の防衛はお前に任せる。俺とミーシャは、ガラハドのところへ戻る」
「了解なの! ここはあたしとすらたんに任せるなの。二人とも、気をつけてなの!」
ルルの力強い返事を聞き届け、俺とミーシャは再び地下排水路へと続く入り口へ向かった。
「ミーシャ、時間が無い。このまま走って戻っても、ガラハドが保たない。……あれを出す」
「あれって……まさか、あの時の?」
「そうだ、頼むミーシャ」
ミーシャは観念した顔で、異空間保存を起動し箱を取り出した。それは以前、王都への旅の途中で使用した、流線型とは程遠い武骨な「鉄の箱」――磁力推進式の鉄のソリだ。
「よし、これで一気に距離を詰める。乗り込め!」
「うそでしょ!? ここ、ただでさえ狭い地下水路なのよ!? 前みたいに双眼鏡で見張る余裕もないし、風の魔法でクッションなんて作れないわよ!」
「止まり方なんて今は考えてない! とにかく、たどり着くことだけを考えろ!」
俺とミーシャが手すりだらけの箱の中に乗り込む。
「いくぞ! 複製錬金……アンカー!!」
キィィィィン!!
耳を裂くような高周波の音が響いた瞬間、鉄の塊が爆発的な勢いで前方へ弾け飛んだ。
「きゃあああああっ!?」
凄まじい重力が全身を襲い、鉄のソリは弾丸のような速度で暗い水路を滑空し始めた。
景色が線となって背後へ流れていく。
猛スピードで地下水路を逆走し、ゴリアスとガラハドが激突しているはずのポイントが近づく。
ブレーキなど存在しないソリは、水路の曲がり角に差し掛かったところで、減速の帆を張る暇もなく石壁へと真っ向から激突した。
ガシャァァァァンッ!!
「ごほっ、げほっ……! 到着、だ……」
「い、痛い……もう二度とこれには乗らないわよ……っ!」
派手な音を立ててソリから転がり出た俺たちの目に飛び込んできたのは、劣勢に立たされたガラハドの姿だった。
「はぁっ……はぁっ……!」
ガラハドの銀の鎧は砕け、血まみれになりながらも大剣を杖にしてどうにか立っている状態だ。
その目の前には、理性を完全に失い、ただの破壊兵器と化した筋肉の塊、ゴリアスが迫っていた。
「ガラハド!大丈夫か!? ミーシャ、回復を!」
「任せて! 片手二重螺旋詠唱、ハイヒール!」
ミーシャが右手を突き出す。
かつてリーネ師匠との修行で会得した、片手での二重螺旋詠唱。
凄まじい密度の治癒魔法がガラハドの全身を包み込み、彼の深い傷を一瞬にして塞ぎ、体力を底上げした。
「アドル殿! ミーシャ殿! 何故戻られた……それに、あの鉄の箱はまさか……」
ガラハドが目を丸くするも少し口角をあげた。
彼もまた、あの無茶苦茶な乗り物の被害者(乗客)の一人だったのだ。
「仲間を置いて帰る趣味はないんでね。……だが、あの筋肉の鎧は厄介だ」
回復したとはいえ、ガラハドの持つ通常の大剣では、狂戦士と化したゴリアスを断ち切るには決定的な火力が足りない。
俺の頭の中で、錬金術の設計図が凄まじい勢いで組み上がっていく。
「ミーシャ、火の属性石を作ってくれ! 限界まで魔力を圧縮したやつだ!」
「わかったわ! 燃え盛れ、紅蓮の核!」
ミーシャが両手の間に、目も眩むような超高熱を放つ赤い魔石を生成する。
同時に俺は、自らの魔力と周囲の鉄分を凝縮し、一本の特殊な剣を錬成した。
刀身の中央に空洞の溝と、複数の排熱用の穴が等間隔で穿たれた「穴あき魔剣」だ。
「それを剣の根元に押し込め!」
俺の言葉に合わせて、ミーシャが火の属性石を剣の空洞にセットする。
その瞬間、穴あき魔剣の刀身から爆炎が吹き上がり、地下排水路の泥水を瞬時に蒸発させるほどの熱量が解き放たれた。二人の共同作業によって生まれた、極大火力の火属性魔剣だ。
「ガラハド! これを使え!」
俺は炎を上げる魔剣をガラハドへ向けて放り投げた。
ガラハドは空中でその剣の柄をしっかりと掴み取った。ズシリとした確かな重量感と、脈打つような強大な魔力。
「なんだ……この剣は……。規格外すぎる」
ガラハドは目を見開いた。
剣の腕前は既に達人の域に達している彼にとって、己の剣技の威力を何十倍にも増幅させる火の属性を帯びた規格外の魔剣は、まさに水を得た魚だった。
纏う闘気が、炎の剣と呼応して爆発的に膨れ上がる。
「アドル殿、ミーシャ殿。かたじけない」
ガラハドは静かに剣を構え直すと、俺たちに向かって力強く頷いた。
「あとはそこで、見学していてくれ」
そういうと、ガラハドはスッと目を閉じ、大上段に炎の魔剣を振りかぶって静寂の構えに入った。
その姿を見たゴリアスが、口から白い蒸気を吐き出しながら咆哮する。
「ふん! そんな小賢しい剣が変わったくらいで、この俺を止められることなどできない! その剣士を殺して、次は貴様らだ! 死ねえええええええっ!!」
ゴリアスが地盤を砕き、必殺の右拳を振りかざして突進してきた。圧倒的な質量と速度が迫る刹那。
ガラハドが、静かに目を開いた。
「奥義、獅子連極王斬」
低く、だが確かな威厳に満ちた声が響く。
ガラハドが踏み込んだ瞬間、周囲の空間が炎によって歪んだ。
第一撃。
振り下ろされたゴリアスの巨大な右腕に対し、ガラハドは下から斬り上げるように剣を滑らせた。
刀身の穴から噴き出す爆炎が推進力となり、剣速は神速の域に達する。
ゴリアスの鋼鉄の筋肉がバターのように切り裂かれ、その右腕が炎に包まれて弾き飛ばされた。
第二撃。
踏み込みの勢いを殺さず、ガラハドは独楽のように身体を回転させる。
炎の軌跡が美しい円を描き、ゴリアスの分厚い胴体を深々と薙ぎ払う。
傷口から爆炎が内部へと侵入し、狂戦士の臓腑を灼き尽くしていく。
そして、最後の一撃。
ガラハドは大気を焦がすほどの熱を刀身に収束させ、渾身の力で下段から一気に斬り上げた。
吹き上がる炎が、まるで雄叫びを上げる巨大な獅子の形をとって暗い地下空間を照らし出す。
その美しくも圧倒的な暴力の奔流が、ゴリアスの巨体を完全に呑み込み、天井の石壁ごと真っ二つに両断した。
ドオォォォォォォォォンッ!!!
炎の獅子が天を衝き、泥水が蒸発した白い霧が舞い散る。
真っ二つに斬り裂かれたゴリアスの巨体は、そのまま二度と動くことなく、炭化した黒い塊となって崩れ落ちた。
静寂が戻った地下水路に、ガラハドの持つ魔剣の炎だけが静かに揺らめいている。
無駄な動きが一切ない、完璧なまでの剣の軌跡。荒々しい爆炎を従えながらも、その剣筋はどこまでも澄み切っていた。
あまりにも美しい剣筋に、俺もミーシャも言葉を失い、ただただ見惚れていた。




