第173話:秘密基地の構想
マリアが手配してくれた宿屋の部屋は、王都の裏通りにある質素なものだった。
だが、誰の目も気にせず落ち着ける空間ではある。俺たちは部屋の丸テーブルを囲み、宿の女将が運んできた温かいシチューと黒パンで夕食をとっていた。
「……カミラ、ルル、ミーシャ。なんかちょっと大変そうなことに巻き込んでしまって申し訳ないな」
シチューを口に運ぶ手を止め、俺は三人に頭を下げた。
「そんなこと、気にしないでいいですわ」
カミラが優しく微笑みながら、俺のグラスに水を注ぎ足してくれた。
「私たちが今こうして豊かな生活を送っていられるのも、あの時マリア様に金貨を工面してもらえたお陰なのです。ちゃんと恩返しをしましょう?」
「あぁ、それはもちろんだ。ただ、君たち全員を危険な戦いに巻き込むことになった。相手は魔王軍の幹部たちだ。文字通り、命の危険すらある戦場になる」
俺が真剣な表情で告げると、シチューを頬張っていたルルがスプーンを置いて、得意げに胸を張った。
「そんなの今更なの! 前からダンジョンだって、ずっと命懸けだったなの」
ルルはえへへと笑い、俺の顔を真っ直ぐに見つめた。
「あたしはね、アドルさんといると居心地がいいなの。美味しいご飯が食べられて、みんなが笑ってて……それを全力で守りたいだけなの! だから、ここに来たのは誰のせいでもない、あたし自身の決断なのよ!」
その無邪気で力強い言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
「ルルちゃんの言う通りよ」
ミーシャもウインクをして同意する。
「元の世界じゃ、上司の機嫌一つで胃を痛める毎日だったんだから。それに比べたら、信頼できる仲間と命を懸ける方が何倍もマシだわ」
「みんな、ありがとう」
俺は改めて三人を見渡し、少しだけ口角を上げた。
「日々戦闘が隣り合わせになるかもしれない。でも俺は……この旅も、命懸けだが楽しみたいと思っている。せっかく遠出してきたんだ、ただ怯えて過ごすのは勿体ない」
俺の言葉に、三人の顔がパッと明るくなった。
「だから、明日からの家の建築も、みんなで沢山意見を出して欲しい。ただの避難所じゃなく、どうせならみんなで楽しみながら最高の問題解決拠点を作ろう」
◇
夕食の皿を片付けた後、俺たちはテーブルに白紙の羊皮紙を広げ、拠点構築のためのアイデア出しを始めた。
「魔王軍が動き回っている王都の郊外です。常に戦闘と隣り合わせであることを考えれば、防衛と迎撃の機能を重視した、効率的な館が良いかと思いますわ」
カミラが羽ペンを手に取り、見取り図のようなものをサラサラと描きながら提案した。
「四方に監視用の塔を配置し、外壁には強固な魔力障壁を。迎撃用の窓も多めに欲しいですわね」
「でもカミラさん、それだと外から見ていかにも『怪しい要塞があります!』って目立っちゃわない? イザベラの手下たちにすぐ見つかっちゃうわよ」
ミーシャが現実的な懸念を口にする。
確かに、王都のすぐ側で要塞を建築すれば、すぐに魔王軍の討伐隊がやってくるだろう。
「うーん……目立たなくて、でもすっごく強くて、ワクワクするお家がいいなの!」
ルルが両手をあげて無茶な要求を飛ばす。
目立たず、防衛力が高く、そして楽しめる場所。俺の脳裏に、一つの強烈なアイデアが閃いた。
「よし……それなら、『地下』に住処を作るのはどうだ?」
「地下、ですか?」
カミラが不思議そうに首を傾げた。
「ああ。地上には、誰も気に留めないようなボロ小屋か、教会の古い倉庫に見せかけた小さな建物をポンと一つだけ作っておく。そこを入り口にして、地下に広大な空間を錬成するんだ」
俺が羊皮紙に地下へと広がる多層構造の図面を書き込むと、三人が身を乗り出してきた。
「なるほど! それなら外からは絶対にバレないわね!」
「土に囲まれているため、物理的な防壁としては最強ですわ。入り口さえ強固に偽装と罠を張り巡らせておけば、敵の奇襲も防げますし、迎撃も容易です」
カミラが感心したように頷き、メイドとしての防衛スイッチが入ったのか瞳を輝かせ始めた。
「地下の秘密基地なの! すごく面白そうなの!」
ルルもテーブルを叩いて大賛成の意を示した。
「換気や採光は、俺の錬金術とミーシャの魔法を組み合わせれば快適な状態を維持できるはずだ。
各々のプライベートな部屋はもちろん、巨大な大浴場や、鍛錬用のプレイルームだって好きに作れるぞ」
「ふふ、それならもう、どんな長期戦になっても快適に過ごせますわね。ご主人様、私、キッチンは広めでお願いしたいですわ」
「もちろん。アズール海岸のコテージ以上の設備にしてやる」
迫り来る魔王軍の脅威を前にしているというのに、俺たちの部屋には楽しげな笑い声が響いていた。
地下要塞という最高の秘密基地を作る。
そのワクワク感が、長旅の疲れを完全に吹き飛ばしていた。明日からの作業に向け、俺たちは夜更けまで拠点の図面作りに熱中した。




