第172話:傀儡の王都と反撃の礎
数時間の空の旅を終え、俺たちは王都グランレガリアの郊外にひっそりと降り立った。
シルヴァを帰還させ、人の目につかないようフードを深く被って王都の市街地へと足を踏み入れる。
向かった先は、反乱軍の隠れ蓑となっている古びた教会だった。
重い木扉を叩くと、警戒に満ちた空気が僅かに緩み、見覚えのある修道服姿の女性が俺たちを迎え入れてくれた。
シスターマリアだ。
「アドルさん……! よく、来てくださいました」
「久しぶりだな、マリア。手紙をもらって急いで飛んできた。……紹介するよ、メイドのカミラと、召喚士のルルだ」
俺の紹介に合わせ、二人が丁寧に頭を下げる。
「初めまして、マリア様。以前、ご主人様たちが窮地に陥った際、多額の金貨を工面してくださったと伺っております。その節は、本当にありがとうございました」
カミラの言葉に続き、俺も改めてマリアへ深く頭を下げた。
「あの時の恩は決して忘れていない。マリアには大きな借りがある。今回はそれを返しに来たんだ」
「そんな……私の方こそ、こんな危険な場所に皆さんを巻き込んでしまって……」
マリアは痛ましそうに顔を歪めると、教会の中の隠し部屋へと俺たちを案内した。
◇
薄暗いランプの火が揺れる地下室で、マリアの口から語られた現在のグランレガリアの情勢は、想像を絶するほど絶望的なものだった。
「二十年前……本当の王妃様は暗殺されました。今、玉座の隣に座っているのは、魔王軍第二の将、召喚士イザベラが化けた偽物です」
その言葉に、カミラとルルが息を呑んだ。
「国王陛下はイザベラの洗脳を受け、完全に傀儡と化しています。そして……第一王子レオンハルト殿下は、相手が魔族の傀儡であると知りながら、自らの権力欲のためにイザベラと結託し、国を好き放題に食い物にしているのです。第二王子アルベルト殿下は中立の立場を崩さず、沈黙を貫いておられます」
マリアの握りしめた手が小刻みに震えていた。
「第一王女のアリア様は、この腐敗した国を取り戻すため、密かに反乱軍を組織しました。私や剣士のガラハド様も、アリア様にお仕えしています。ですが……」
「魔王軍が、本格的に動き出したのか?」
俺が尋ねると、マリアは重く頷いた。
「はい。レオンハルト殿下の元に、魔王軍第一の将、ヴァンダルが派遣されました。その圧倒的な武力によって、アリア様の反乱軍は次々と拠点を潰され、駆逐されています。……今や、この王都に安全な場所などどこにもありません」
緊迫した空気が地下室を支配する。
「……お話は理解いたしました。ご主人様、これはかなり厄介で長丁場な戦いになりそうですわね」
カミラが冷静に状況を分析し、俺に視線を向けた。
俺も全く同意見だった。
敵は国の頂点に君臨しており、正面から突っ込んで解決するような問題ではない。情報収集と、身を隠すための長期的な拠点が必要不可欠だ。
「一応、街の宿屋に皆さんの泊まる部屋は手配してあるのですが……魔王軍の圧力が高まっている今、いつ見つかるかわからず、安全の保障はできません」
マリアが申し訳なさそうに言う。
だが、その言葉を聞いて俺は一つの決断を下した。敵の監視網が敷かれた街中の宿屋など、むしろ危険すぎる。俺たちの命綱は、いつでも防衛と迎撃ができる絶対的な拠点の存在だ。
「マリア。宿の代わりに、場所だけ手配お願いできないか? 街の郊外で、ある程度広さがある土地がいい」
「え……? 土地、ですか?」
「ああ。安全な寝泊まりの場所は、自分たちで家を作る」
俺の突飛な提案に、マリアは目を丸くして固まった。
「家を、自分たちで作る……? アドルさん、本気ですか? 家なんて、そんな数日ですぐに建てられるものじゃ……」
「俺たちなら可能だ」
俺が力強く断言し、ミーシャやルルも当然のように頷いているのを見て、マリアは少しだけ呆れたように、しかし安堵したように微笑んだ。
「……わかりました。街の外れに、教会が管理している大きめの土地があります。ここからもそんなに遠くないので、そこを提供しますわ」
「助かるよ」
「ですが……今日は長旅でお疲れでしょうから、とりあえず一旦、用意していた宿でお休みください。家の建築とやらは、その後進めていただければと」
マリアはそう言って、少しだけ表情を引き締めた。
「そして三日後、アリア王女様と反乱軍の主要メンバーをアドルさんたちにご紹介させてください。これからのことをお話しする場を設けたいのです」
「ああ、わかった。三日後だな」
そうして俺たちは、ひとまずマリアの手配した宿へと向かい、翌日からの拠点作りと王女たちとの会談に備えて、静かに英気を養うのだった。




