第166話:白熱の海釣り大会
澄み渡る青空の下、アズール・コーストの白い砂浜に波の音が穏やかに響いていた。
俺が昨日複製した五隻の小型ボートが、波打ち際に並んでいた。
「ルールは簡単ですわ。制限時間内に、いちばん『長い』魚を釣り上げた人の勝ち。重さではなく、全長勝負です」
カミラがボートの前に立ち、ビシッと通った声で宣言した。
手には俺が錬成したカーボン製の釣竿が握られていた。
「報酬は……勝者がアドル様になんでもおねだりができる、という特権ですわ!」
「おい、俺が勝ったらどうなるんだ」
俺が当然の疑問を口にすると、カミラは艶やかな笑みを浮かべて小首を傾げた。
「いいですよ? 好きな女の子を選んで好きにしても」
「なっ」
「「「えっーー!!」」」
ミーシャ、ルル、エナの三人が一斉に顔を真っ赤にして悲鳴のような声を上げた。
「ほら、始めますよ。制限時間はお昼の12時まで! よーいスタート!」
カミラの強引な号令と共に、第一回海釣り大会の幕が切って落とされた。
俺たちは慌ててそれぞれの小型ボートに乗り込み、オールを漕いで沖へと散らばっていった。
◇
太陽がジリジリと照りつける中、海面には色とりどりのパラソルを立てた五隻のボートが揺れていた。
「絶対勝つなの! アドルさんに、毎日お腹いっぱいフライドポテトを作ってもらう権利をもらうのよ!」
少し離れた場所で、ルルが短い手足で器用に釣竿を操っていた。
彼女のウキが勢いよく海中に沈み込んだ。
「きたなの! すっごく重いのよ! これは大物間違いなしなの!」
ルルが小柄な体を力一杯後ろに反らせ、リールを巻いた。
ボートがぐらぐらと揺れるほどの格闘の末、海面から姿を現したのは、丸々と太った巨大なフグのような魚だった。
「やったなの! ……って、あれ?」
釣り上げられた魚は、重さこそ十キロ近くありそうだったが、風船のように丸く膨らんでいるため、全長は三十センチにも満たなかった。
今回のルールは「全長」だ。ルルは悔しそうに丸い魚の頬をツンツンと小突いていた。
「ルル、どんまいだ。重さなら優勝だったかもな」
俺が自分のボートから声をかけると、ルルは「次は細長いのを狙うのよ!」と再び糸を垂らした。
◇
さらにオールを漕いで移動すると、ミーシャとエナのボートが近くに並んで浮かんでいた。
「エナちゃん、どう? 釣れそう?」
「うぅ……全然ダメです。餌ばかり取られてしまって……。ミーシャ様は?」
「私もさっぱりよ。風魔法で海流の動きを読もうとしたんだけど、水の中までは上手くいかなくて……あっ、引いたわ!」
ミーシャの竿が大きくしなった。
彼女が慌ててリールを巻くと、銀色に光る平たい魚が勢いよく飛び出してきた。
「やった! ……あ、でも結構小さいわね」
手のひらサイズの可愛らしい魚が、針の先でピチピチと跳ねていた。
そんな二人の様子を見かねて、俺はボートを寄せて声をかけた。
「二人とも、調子はどうだ?」
エナが情けなさそうな顔で俺を見た。
「アドル様……釣りの才能がないみたいです。針に餌をつけるのも、まだ少し怖くて……」
「最初はそんなもんだよ。ほら、餌の付け方を少し変えてみな。針の先を完全に隠すようにするといい。ミーシャも、風魔法で無理に探るより、ウキの動きに集中してみるといいぞ」
俺がエナのボートに近づき、手本を見せると、エナは真剣な表情で頷いた。
アドバイスを終え、俺も自分のボートに戻って本格的に竿を振るった。
錬金術で作った特製の疑似餌を波間に投げ込み、海底の起伏を感じながらゆっくりと糸を巻いた。
(カミラが勝ったら何を要求されるか分かったもんじゃない。ここは俺が勝って、平和なバカンスの主導権を握る!)
◇
時刻は十一時を回り、日差しが真上の位置に近づいてきた。
その時、少し離れた海域で静かに糸を垂らしていたカミラのボートから、鋭いリールの音が鳴り響いた。
「あら、かかりましたわね」
カミラは黒い紐ビキニ姿という扇情的な格好にもかかわらず、その身のこなしは一流の狩人のように無駄がなかった。
ロッドの弾力を最大限に活かし、魚の引きに合わせて絶妙なテンションを保ち続けた。
「ご主人様、皆様。どうやら私が頂くことになりそうですわ」
カミラが優雅にリールを巻き上げると、海面を割って現れたのは、ギラギラと輝く巨大な太刀魚のような細長い魚だった。
その長さは優に一メートルを超えていた。
「嘘だろ……あんなの反則じゃないか」
俺が焦って自分の竿をあおると、強烈なアタリが手に伝わった。
「きた! こっちも負けてられないぞ!」
俺の竿が根元からひん曲がり、ボートが引きずられるほどの強い力が加わった。
海中深くで暴れる獲物と、数分に及ぶ力比べを繰り広げた。
腕の筋肉が悲鳴を上げそうになった頃、ようやくそいつが水面へ姿を現した。
「よし、上がっ……って、なんだこれ!?」
釣り上げたのは、岩のようにゴツゴツとした、畳半畳はありそうな巨大な平目のような魚だった。
重さは三十キロを超えていただろう。ボートに引き上げるのすら一苦労だった。
だが、横幅こそ凄まじいが、縦の「全長」で言えばカミラの釣り上げた細長い魚には遠く及ばなかった。
「重たいけど、全長は短い……さっきのルルと同じパターンかよ!」
俺が頭を抱えていると、遠くから「時間ですわー!」というカミラの声が響いた。
◇
正午。
砂浜に五隻のボートが戻り、計測会が始まった。
ルルの丸いフグもどき、俺の巨大な平目もどきは、重さでは圧倒的だったが、全長の記録は伸びず敗退した。
ミーシャはあの後、コツを掴んで何匹か魚を釣り上げていたが、どれも中くらいのサイズで終わっていた。
エナは最後に俺のアドバイス通りにして、三十センチほどの綺麗な赤い鯛を釣り上げ、嬉しそうに微笑んでいた。
そして、勝者はやはり一メートル二十センチの長魚を釣り上げたカミラだった。
「ふふ、これで私のおねだり権が確定しましたわね」
カミラが艶然と微笑みながら、俺の顔を下から覗き込んだ。
「……くそっ。で、何がお望みだ? 海を割れとか、空を飛べとかは勘弁してくれよ」
俺が身構えると、ミーシャやエナ、ルルも息を呑んでカミラの次の言葉を待った。
「そんな無茶は言いませんわ。私のお願いは……」
カミラは悪戯っぽく目を細め、人差し指を俺の胸元にそっと当てた。
「今日の夕食後、私に一時間だけ、ご主人様の背中に日焼け止めのオイルを塗らせてくださいませ。……もちろん、二人きりで、念入りに」
その瞬間、砂浜に三人の少女たちの悲鳴が響き渡った。
「ず、ずるいわカミラさん! 私だってアドルさんの背中に塗りたいのに!」
「カミラさん、それは……えっちすぎます!」
「ルルもオイルぬりぬりするなの!」
騒ぎ立てる三人を見て、カミラは余裕の笑みを浮かべていた。
俺はこれからのバカンスが、迷宮探索とは別の意味で体力を消耗するものになりそうだと悟り、碧い空を見上げて深くため息をついた。




