第165話:白亜の魔法邸
女性陣が街へ買い出しに行っている間、俺は一人、屋敷の庭で黙々と錬成作業に没頭していた。
「コテージの基礎となる木材と石材、それから防水加工を施したガラス……。よし、建材はこんなものか」
俺は地面に積み上がった素材の山を確認し、次は「遊び」の準備に取り掛かった。
せっかくの海だ。
ただ海で泳ぐだけでは勿体ない。
俺は脳内の現代知識を総動員し、次々とリゾート用のアイテムを形にしていく。
砂浜でくつろぐための巨大なビーチパラソルに、色とりどりの浮き輪やビーチボール。
さらに、スイカ割りに使うためのしなやかな竹刀、波に乗るための洗練されたフォルムのサーフボード、沖合に出るための小型ヨット、そして魚釣りのための本格的なリール付きの釣竿まで、思いつく限りのレジャー用品を錬成し、庭の隅へ山積みにしていく。
「これだけ遊び道具が満載なら、数日は余裕で遊び尽くせるだろう」
俺が満足げに汗を拭っていると、屋敷の門が開く音がした。
「ご主人様、ただいま戻りましたわ! 最高の水着と食材を手に入れてきましたよ」
カミラを先頭に、ミーシャ、エナ、ルルが両手いっぱいの紙袋を抱えて帰還した。
彼女たちの顔はどれも高揚し、海への期待でキラキラと輝いている。
「おかえり。こっちも建材と遊び道具の確保は完璧だ。ミーシャ、悪いが全部空間に収納してくれないか?」
「ええ、任せて。……うわぁ、アドルさん、すごい量ね。これ全部海で使うの?」
ミーシャが庭の惨状を見て目を丸くしたが、文句一つ言わずに異空間保存の扉を開き、すべてを飲み込んでくれた。
「よし、これで態勢は整った。出発だ。ルル、シルヴァの説得はできてるな?」
「バッチリなの! 極上の霜降り肉十キロで交渉成立なのよ!」
ルルが胸を張ると、屋敷の裏手から、すでに龍の姿へと変化したシルヴァが悠然と姿を現した。
「フン、我を足代わりに使うとはな。だが、約束の肉はしっかりと頂くぞ」
「ああ、もちろんだ。頼むぞ、シルヴァ」
俺たちは次々とシルヴァの広い背中によじ登り、定位置についた。
シルヴァが巨大な翼を広げ、力強く羽ばたくと、強風と共に俺たちの体は一気に天空へと舞い上がった。
◇
「すごい、すごいなの! お空を飛んでるのよ!」
ルルがシルヴァの背中で歓声を上げる。
眼下には街の景色がミニチュアのように広がり、やがて緑豊かな森を越え、東へと突き進んでいく。
シルヴァの飛行速度は凄まじく、本来なら馬車で数日かかる距離を、たった数時間で走破してしまった。
「おい、見えてきたぞ。あれがアズール・コーストだ」
俺が指差す先、地平線の彼方に、眩しいほどに輝く碧い海と、どこまでも続く真っ白な砂浜が姿を現した。
波の音が微かに風に乗って届き、潮の香りが鼻腔をくすぐる。
「わあ……綺麗……。海を見るのは初めてです」
エナが感動のあまり息を呑み、ミーシャも目を輝かせて海を見つめていた。
シルヴァが滑空しながら人気のない入り江を選び、砂浜に静かに降り立った。
「ふぅ、着いたな。最高のロケーションじゃないか」
俺は砂浜に降り立ち、どこまでも続く水平線を眺めて大きく背伸びをした。
しかし、海へ飛び込むのはまだ早い。今日の寝床を確保しなければならないのだ。
「よし、みんな。まずはコテージの作成に取り掛かるぞ! ミーシャ、建材を出してくれ」
「はい! 展開します!」
ミーシャが空間から木材や石材を砂浜へ吐き出すと、俺は複製錬金の回路を起動させた。
「まずは基礎だ。砂に沈まないように、岩盤まで杭を打ち込んで土台を固める」
俺が地面に手を当てると、瞬く間に強固な石の土台が組み上がっていく。
そこからは、全員参加の激しい建築会議が始まった。
皆、バカンスへの気合が入っているせいか、かなり細かい指示が飛び交うことになった。
「ご主人様、キッチンの位置はこちらにお願いします。海を眺めながら料理ができるように、大きな窓を配置してくださいませ。それから、換気扇と魔力コンロは特大サイズで!」
「了解だ。カミラの城は特別仕様にしておく」
「あ、アドル様。お手洗いと浴室の位置ですが、砂を落としてからすぐに入れるように、海側に入り口を設けてシャワー室を併設していただけませんか? それと、水洗式の魔力回路もお願いします」
「なるほど、エナの言う通りだ。砂まみれでリビングに入られたらたまらないからな。動線をきっちり確保しよう」
「アドルさん、リビングはとにかく広くして! それと、夜は涼しい海風が入るように、壁一面を開け放てるようなガラス戸がいいわ」
「任せろ。強度と透明度を両立させた強化ガラスを錬成する」
「ルルは、みんなで遊べるプレイルームが欲しいなの! 床にはふかふかのクッションをいっぱい敷いてほしいのよ!」
「よし、全部採用だ。俺の錬金術を甘く見るなよ」
次から次へと飛んでくる要求に応え、俺は流れる汗を拭う暇もなく、錬金術の光を放ち続けた。
カミラの要望通り、調理台の高さや収納スペースまでミリ単位で調整したシステムキッチン。
エナが提案した、温水がいつでも出る魔力式シャワーと最新式の水洗トイレ。
ミーシャが望んだ、海を一望できる巨大なガラス窓のある開放的なリビング。
ルルのための、ふかふかの特注クッションが敷き詰められた遊び部屋。
俺の複製回路と現代知識、そしてこの世界の魔力技術が融合し、砂浜の上に白亜の二階建てコテージがみるみるうちに形作られていく。
「ふぅ……。外装のペンキも塗り終わった。なんとか完成だ!」
俺が最後の一仕事を終えると、ちょうど太陽が水平線に沈みかけ、海をオレンジ色に染め上げていた。
気がつけば、初日は家の建築だけで終わってしまっていた。
「すごい……。これ、たった半日で作ったんですか?」
エナが信じられないという顔で、完成したコテージを見上げている。
そこにあるのは、寝泊まりできるレベルを遥かに超えた、異次元の快適性を備えた極上のリゾートハウスだった。
「ご主人様、素晴らしい出来栄えですわ。特にキッチンの使い勝手は完璧です」
「あたし、もうここで一生暮らしたいなの!」
「本当にすごいわ、アドルさん。お疲れ様」
ミーシャがタオルを手渡し、労いの言葉をかけてくれた。
俺はタオルで汗を拭きながら、達成感と共に海風を深く吸い込んだ。
◇
その日の夜は、カミラが真新しいキッチンで腕を振るい、買い出してきた新鮮な海の幸とオーク肉を使った極上の夕食を楽しんだ。
リビングの大きなガラス戸を開け放ち、波音をBGMにしながら食事を囲む時間は、迷宮での過酷な戦いを完全に忘れさせてくれた。
「明日は、いよいよ海で遊ぶぞ。みんな、今日はゆっくり休んでくれ」
俺の言葉に、全員が笑顔で頷いた。
ふかふかのベッドに潜り込むと、心地よい疲労感と共に、明日のバカンスへの期待が胸いっぱいに広がる。
どんな水着姿が見られるのか、そして俺が作った遊び道具でどんな風に楽しむのか。
寄せては返す波の音を子守唄に、俺たちは翌日に備えて深い眠りについた。




