第162話:泡と疾走する緑の魔物
銀貨の山を背景に、俺は屋敷の工房に籠もっていた。
目の前には、これまで戦いの中で使い古してきた剣や盾ではなく、見慣れない形状の「箱」と「円盤」が転がっている。
「……よし、術式の複製と統合、完了だ」
俺が今回開発したのは、現代の叡智と異世界の魔力を掛け合わせた禁断の産物。
一つは、水魔法の渦と熱変換の魔石を組み込んだ全自動・魔力式ドラム洗濯機(試作一号)。
そしてもう一つは、低ランクスライムの核に俺の複製回路を直結させた、自律走行型掃除機……その名もスルンバだ。
「アドルさーん、おやつ持ってきたなの! ……って、何してるなの? その変な箱」
工房の扉を勢いよく開けて入ってきたのは、食欲魔人のルルだ。
彼女の後ろには、心配そうに覗き込むミーシャと、汚れたシーツを抱えたエナの姿もあった。
「ちょうどいいところに来たな。今から家事の歴史を塗り替える『魔法家電』の試運転をするところだ」
俺の言葉に、ミーシャが目を輝かせて近寄ってくる。
「魔法の家電……。アドルさんの作るものだから、ただの道具じゃないんでしょうね」
「ああ、見てろよ。エナ、そのシーツをこの中に入れてくれ」
俺は試作一号の重厚な扉を開けた。
エナは半信半疑ながらも、汚れたシーツを投入する。
俺は「洗浄・脱水・乾燥」のルーンを順に叩いた。
――キュイイイィィィィィィィィィン!!
工房内に、魔石の駆動音が響き渡る。
ドラムが高速回転を始め、内部で水魔法が発動。
激しい水しぶきがガラス越しに見え、順調に洗浄が進んでいるように見えた。
「すごいです、アドル様! 本当に勝手に洗ってくれている……!」
エナが感動の声を上げた、その時だった。
「……待って、アドルさん。魔力の出力が右肩上がりになってるわ!」
ミーシャが叫ぶ。
見れば、俺が洗浄力を高めるために複製して詰め込んだ「高効率・石鹸液(魔力強化版)」が、高速回転の摩擦によってあり得ない量の泡を発生させていた。
「おい、ちょっと待て! 泡の計算が……!」
――ボフゥッ!!
次の瞬間、洗濯機の扉が魔力の圧力に耐えかねて弾け飛んだ。
中から溢れ出してきたのは、まるで生き物のように増殖する、弾力に満ちた巨大な泡の波。
「わあぁぁ!? 泡なの! 泡が攻めてくるなのー!」
「きゃあああ! アドルさん、前が見えないわ!」
一瞬にして工房は真っ白な泡の海と化した。
ミーシャとエナ、ルルが泡まみれになりながら右往左往する。
だが、悲劇はそれだけでは終わらなかった。
「……ピピッ。ゴミ、検知。清掃、開始」
泡の騒ぎによる振動で、床に置いてあったスルンバが起動してしまったのだ。
手のひらサイズの緑色の円盤が、泡の海をスイスイと泳ぐように走り始める。
「よし、スルンバ! 泡を全部吸い取れ!」
俺の指示に従い、スルンバは猛烈な勢いで泡を吸収し始めた。
しかし、魔力で活性化した泡は、スルンバの小さな許容量を瞬時にオーバー。
核となるスライムが興奮状態に陥り、その機動力が暴走を始めた。
「ターゲット、巨大な、ゴミ。排除、開始」
「えっ、ターゲット……って、私なの!? 違うなの、私はゴミじゃないなのー!」
スルンバが狙いを定めたのは、泡まみれでフリフリのスカートを揺らしていたルルだった。
彼女のふわふわしたスカートを「巨大な綿ゴミ」と認識したのか、スルンバはキュルキュルと異音を立てながら、猛スピードでルルを追いかけ回す。
「ひぃぃ! 来るなの! この緑の円盤、しつこいなの!」
「ルル、逃げなさい! アドルさん、止めて! 工房がめちゃくちゃよ!」
ミーシャが黒炎を出しそうになるのを必死に止め、俺は泡に足を滑らせながらスルンバを追いかける。
「待て、スルンバ! 停止命令だ!」
だが、泡で滑る床のせいで、俺は派手に転倒。そのまま洗濯機から溢れ続ける泡の波に飲み込まれた。
そこへ、騒ぎを聞きつけたカミラが扉を開けた。
「ご主人様、一体何事です……か……」
部屋の半分を埋め尽くす泡。
その中で、スライム掃除機に追いかけられて泣きべそをかくルル。
泡の中から手を伸ばす俺。
そして、全身泡だらけで髪を逆立てているミーシャとエナ。
カミラの完璧な無表情が、一瞬だけピキリと凍りついた。
「……。……ご主人様」
「は、はい……」
「……お掃除が楽になるというのは、こういう意味だったのでしょうか?」
彼女の手には、静かに魔力が込められた掃除用のハタキが握られていた。
その背後に、かつてないほどの漆黒のオーラが見えたのは、きっと俺の気のせいではないだろう。
◇
数時間後。
すっかり綺麗になった(物理的に磨き上げられた)工房で、俺たちは全員、正座していた。
カミラによる、一時間以上にも及ぶ「安全管理と魔力配分についての講義」が終わったところだ。
「……というわけで、全自動洗濯機は『魔力抑制回路』を三重にすること。
スルンバは『生物へのロックオン禁止』を魂の核に刻むこと。よろしいですね?」
「「「「はい……」」」」
俺たちは揃って返事をした。
試作一号機は散々な結果に終わったが、失敗は成功の母だ。
泡を被ったエナは「でも、お肌がツルツルになった気がします」とフォローしてくれたし、ミーシャも「次は私も回路の設計を手伝うわ」と言ってくれた。
そして何より、カミラが最後に「……でも、あのお掃除道具、ルルちゃんを追いかけている時以外の吸引力は素晴らしかったですわ」と、小さく微笑んでくれたのが救いだった。
「よし。次は失敗しない。……銀貨はまだ山ほどあるんだ。世界一のハイテク屋敷、完成させてやるぞ」
俺の決意に、今度はルルが少しだけ怯えながら、「掃除機の速度だけは落としてほしいなの……」と呟いた。




