第161話 : 銀貨の山と執務室の約束
エナとのデートを終えて屋敷に戻ったその足で、俺は事務作業に追われているカミラを執務室に呼び出した。
「ご主人様、お呼びでしょうか、エナから聞きましたわ。随分と素敵な贈り物をエナにされたとか」
カミラが少しだけ羨ましそうに、エナの新しいワンピースをチラリと見てから俺に視線を戻す。
その瞳には、いつもの冷静な秘書としての顔と、少しだけ拗ねたような少女のような色が混ざっていた。
「ああ。エナには苦労をかけたからな。……でも、カミラ。お前にも同じくらい、いや、それ以上に感謝してるんだぞ」
俺はカミラの隣に歩み寄り、彼女の手をそっと取った。
いつも完璧に家事をこなし、書類を整理してくれるその指先は、よく見ると水仕事のせいで少しだけ荒れている。
「……っ、急にどうされたのですか。ご主人様っ」
カミラは顔を赤くして手を引こうとするが、その力は弱かった。
俺は構わず、彼女の指先を優しく撫でる。
「エナから聞いたよ。夜遅くまで書類を片付けて、朝早くから掃除をしてるって。……カミラ、俺はお前に、もっと自分のための時間を作ってほしいんだ」
「それは……メイドとしての本望ですわ。ご主人様が快適に過ごせるなら、私は……」
「俺の快適には、カミラが笑顔でティータイムを楽しむ時間も含まれてるんだよ。……だから、相談があるんだ」
俺は彼女を近くの椅子に座らせ、自分も距離を詰めて座った。
カミラがさらに耳まで赤くして身を縮めるのが、なんだか無性に愛おしい。
「掃除とか洗濯……特に、あの重いシーツの洗濯や、広い廊下の拭き掃除。これを自動にできないかと思ってな」
「自動……ですか? 魔導人形でも導入されるおつもりで?」
「いや、もっとシンプルで、この世界の文明を壊さない程度の道具だ。例えば、洗濯。桶の中に服を放り込んだら、すすぎから脱水、乾燥まで一気に終わらせてくれる箱はどうだ?」
カミラはポカンとした顔で俺を見た。
「……そんな、貴族顔負けの代物、魔法でも聞いたことがありませんわ。汚れはどう落とすのですか? 乾かすのは?」
「水魔法の渦で汚れを飛ばして、風魔法と熱変換の魔石で一気に乾燥させる。俺の複製技術なら、中身の回路を最適化して箱に詰め込むだけだ。これがあれば、お前が寒い日の冷たい水に手をさらすこともなくなる」
さらに、俺は床を指差した。
「掃除もだ。手のひらサイズの自律型スライム核を組み込んだ掃除機を作る。そいつも俺が複製した回路で制御するんだ。そいつが勝手に屋敷中を走り回って、ゴミを吸い取ってくれる。お前はただ、そいつが溜めたゴミをたまに捨てるだけでいい」
「……ご主人様、それは本当に実現可能なお話なのですか?」
カミラが疑うような、でも期待に満ちた瞳で俺を見つめる。
俺は彼女の肩を抱き寄せ、耳元で囁いた。
「ああ。今の俺には、これまで磨いてきた複製技術と、倉庫から溢れるほどの銀貨がある。ピヨちゃんが稼いでくれた資金を、全部カミラの笑顔のために使ってもいいと思ってるんだ」
「……っ、もう、口が上手いのですから……」
カミラは俺の胸に顔を埋めるようにして、小さく呟いた。
その体温が伝わってきて、執務室の中に甘い空気が流れる。
「でも、もしそんなに時間が余ってしまったら……私は何をすればいいのでしょう」
「決まってるだろ。俺と一緒に、新しい料理の試作をしたり、庭で昼寝をしたり……。たまには、俺を甘やかす時間も作ってくれよ」
「……ふふ。それは、今でもしておりますのに」
カミラが顔を上げ、少しだけ潤んだ瞳で微笑んだ。
方針は決まった。
まずは全自動・魔力式ドラム洗濯機と自律型お掃除スライムの開発だ。
この潤沢な予算があれば、最高級の素材を惜しみなく使える。
カミラを驚かせ、エナを喜ばせ、そして屋敷全体を魔法のハイテク邸宅に変えてやるんだ。




