第157話 : 宿命の光
「……無駄だと言ったはずだ。その魔法、完成する前に貴様が焼き切れるのが先か、あるいは……」
ゼノアが冷酷に口角を上げた。
彼は崩壊した床を滑るように移動し、力なく倒れている俺の襟髪を掴み上げた。
「……なっ、アドルさんを離しなさい!」
ミーシャの悲鳴のような叫びが響く。
だが、ゼノアは俺を盾にするように自分の身体の前に引き寄せ、嘲笑を浮かべた。
「撃てるものなら撃ってみろ、娘。この男ごと、その奥義とやらで塵に還す度胸があるならばな!」
ゼノアの腕が俺の喉元を締め上げる。
俺は激痛に顔を歪ませながらも、必死に自由の利かない腕を動かし、俺を盾にしているゼノアの腕を、文字通り死に物狂いで掴み取った。
「……ミーシャ、構うな。俺ごと……撃て!」
「アドルさん!? 何を言って……!」
「馬鹿な、何を考えている! 命が惜しくはないのか!? まさか、私と一緒に死ぬ気か!」
ゼノアが狼狽し、俺を振り払おうとする。
だが、俺は残されたすべての力を指先に込め、逃がさないよう彼の身体を固定した。
「ミーシャ……本気でこい。ドランを……信じろ!」
俺の視線を受け、ミーシャの瞳から迷いが消えた。
彼女は俺と、そして俺たちが積み上げてきた絆を信じる道を選んだ。
「……ええ、わかったわ。アドルさん!」
◇
「……な、何を……撃てるはずがない! お前たちは仲間なのだろう!? 止めるんだ、死にたいのか!」
怯え、声を荒らげるゼノアを余所に、ミーシャは両手を別々に、複雑な軌跡で動かし始めた。
俺が抑え込み、ゼノアの動きを止めている今、彼女はさらなる高みへと踏み込む。
「……左右分離、独立二重詠唱を開始……!」
左手でアルティメットパージの術式を編み続け、右手でもう一つのパージの構成を組み上げる。脳を直接削るような超負荷。
だが、ミーシャの表情は驚くほど静かだった。
「魔法詠唱完了まで、最終カウントダウンを開始します! 残り、30、29……!」
すらたんの宣告が、死の足音のように響く。
床に伏していたルルが、震える手でミーシャの背中に向けて光を放った。
「ルルも……負けないなの。これが最後……アタックブースト、全出力なの!!」
黄金の光がミーシャの身体に溶け込み、彼女の両手に宿る魔力が爆発的に膨れ上がった。
「……ふふ。ゼノア、終わりだな」
俺はゼノアの腕を掴んだまま、静かに笑った。
「う、嘘だ、打てるわけなかろう! 強がりもその辺にしておけ! やめろ、やめてくれ!」
ゼノアの悲鳴がダンジョンに響き渡る。
詠唱が、終わりに近づく。
「……アドルさん、いきます!」
「よし、こいミーシャ! 確実に当てるんだ!」
「はい……いきます!! 絶域の断罪・弐式!!!」
◇
瞬間、視界のすべてが真っ白な光に塗り潰された。
轟音が鼓動をかき消し、五十層の空間そのものが震える。
ゼノアの断末魔さえも光の中に溶け、消えていった。
凄まじい熱量と魔力の奔流。
だが、その渦の中心にいた俺は、不思議なほどの静寂の中にいた。
この奥義は魔族を滅ぼすためのもの。
人間である俺には、そよ風ほどの衝撃すら与えない。
光が収まり、もうもうと立ち込める煙の中に、俺は一人立ち尽くしていた。
腕の中にあった重みは消え、そこにはただ、主を失った法衣の破片が舞っているだけだった。
「……終わった、な」
俺の目の前で、すべての魔力を使い切ったミーシャが、満足げな笑みを浮かべながらゆっくりと膝をついた。




