第156話 : 覚悟の残光
「……がはっ……!」
シルヴァの巨体が壁を砕いて吹き飛んだ。
黄金のオーラを散らしたルルも、血に染まりながら俺の隣で倒れている。
俺自身、ゼノアが放った空間の刃によって全身を切り刻まれ、指一本動かすことができない。
「……終わりだ。貴様らが積み上げた安っぽい絆など、この絶対的な力の前では無意味だったな」
ゼノアが不敵に笑い、俺が以前に量産した特級魔導剣のコピーを数千本、頭上に展開する。
「この迷宮は私の肉体であり、工房そのものだ。ここに記録されたものであれば、複製錬金など使わずとも、私の意思一つでいくらでも再現できる」
かつて仲間を守るために作った刃が、迷宮主の権能によって俺たちの命を刈り取る処刑台へと姿を変えていた。
「まだよ……まだ……終わってないわ」
震える声と共に、一人の影が俺たちの前に進み出た。
ミーシャだ。
彼女はただ両手の腕輪を鈍く輝かせ、俺たちを庇うように立ち塞がった。
「ミーシャ……逃げろ……。今の俺たちでは、もう……」
「嫌よ、アドルさん。四十層で私がみんなを傷つけた時、あなたは諦めずに私を助けてくれた。……今度は、私の番なの」
ミーシャの右腕の貯蔵魔力は空だ。
だが、彼女の瞳には、かつて見たことがないほどの静かな、そして苛烈な怒りが宿っていた。
「……ほう。丸腰の女一人が、この私に挑むというのか?」
ゼノアの嘲笑を無視し、ミーシャは静かに息を吸った。
「ルル、お願い……。力を、貸して」
「……わかった、なの。ここってときに、全力で魔法をかけるなの……!」
地面に伏したまま、ルルが必死に応じる。
その瞳はまだ死んでいない。
「……ダブル・マナクイック」
ミーシャの左手から、青白い幾何学模様の陣が展開される。
片手二重螺旋を応用した超高速詠唱短縮。だが、それだけでは足りない。
「……絶域の断罪、詠唱開始」
その言葉が出た瞬間、広間全体の空気が凍りついた。
ドランから受け継いだ、対魔族用最終奥義。
発動すれば、対象魔族をこの世から完全に消滅させる絶命の光。
本来は三百秒という長い詠唱が必要だが、二重螺旋によるダブルマナクイックで詠唱時間が百八十秒に短縮されている。
それでも実戦では絶望的な詠唱時間を伴う。
「……なっ、その術式は……! させるか!」
ゼノアが表情を変え、一斉にコピー武具を射出した。
ミーシャは左手でパージの詠唱を維持しながら、右手だけで片手螺旋を連続発動させる。
「黒炎連弾!!」
放たれた黒い炎の礫が、迫り来る数千の剣を叩き落とす。だが、あまりの物量にミーシャの防御が削られていく。
俺は地を這いながら、周囲に散らばった「鏡の剣」の破片に手を伸ばした。
(動け……動けよ、俺の指……!)
俺は自分の血を触媒に、地面に転がる無数の破片へ強引に複製回路を繋いだ。
剣を作る気力はない。
だが、落ちている破片の反射角を錬金術で一斉に書き換えることならできる。
(ミーシャ、避けるな! そのまま斜め後ろに魔法を撃て!)
(アドルさん!? ……ええ、信じるわ!)
「黒炎重破!!」
ミーシャが指示通りに放った巨大な黒炎が、地面の破片に当たった瞬間、あり得ない角度で屈折。
死角から迫っていたゼノアの影を、光速の反射弾が焼き払った。
俺は動けない体の代わりに、部屋中に散らばったガラクタをミーシャの全方位砲台へと変えたんだ。
「……残り、百二十秒!」
すらたんのカウントダウンが響く。
焦ったゼノアが、今度は迷宮の天井そのものを巨大な質量兵器として落下させてきた。
空間ごと押し潰そうとする絶望的な一撃。
影移動も、黒炎壁も、この広範囲攻撃には間に合わない。
「ルル、今だ!!」
「……アタックブースト、全出力なの!! 五、四、三……!」
ルルの最後の一滴まで絞り出した魔力が、ミーシャの右手に宿る黒炎へと注ぎ込まれた。
わずか五秒。
だが、その五秒間、ミーシャの黒炎は太陽のごとき白熱を帯びた。
「黒炎・大烈柱!! 貫けええええ!!」
天を衝く黒炎の奔流が、落下する天井を真っ向から粉砕し、ゼノアの懐まで焼き尽くした。
瓦礫の雨の中、ミーシャは鼻から血を流しながらも、一歩も引かずに詠唱を続ける。
「……信じられない。この私が、これほど手こずるとは……」
ゼノアが歪んだ顔で立ち上がる。
残り六十秒。
ミーシャの左手に宿る光は、すでに周囲を白く染め上げるほどの輝きを放ち始めていた。




