第155話 : 死の連撃
ゼノアが玉座から立ち上がると、その輪郭が激しく波打った。
紫の法衣の下から、本来の彼のものではない悍ましい魔力が溢れ出し、広間の空気をねじ切っていく。
「……まずは、この魂が貴様らに抱く執念を聞くがいい」
ゼノアが喉を鳴らす。
その瞬間、彼の口から発せられたのは、男であるゼノアのものではない、高く鋭い、聞き覚えのある女の声だった。
「……許さない。貴様らだけは、絶対に許さないッ!」
「この声は……フィア!? どうなっているんだ!」
俺の叫びに、重なり合う二つの声が笑った。
「魔王様から賜ったあの鎌を……ボロボロに砕き、私に致命傷を負わせた屈辱。アドル、貴様の首を撥ねるまで、私の乾きは癒えないのよ!」
ゼノアの影がフィアの形に膨れ上がり、そして再び一つに収束する。
「フィアの魂を取り込み、私は新生した。迷宮の主である私の支配力と、暗殺者フィアの技量。その融合体こそが、このゼノアだ。さあ、絶望の味を存分に堪能するがいい」
◇
「理屈はもういいなの! あんたを倒して、みんなで帰るの!」
ルルが叫び、全身のオーラを爆発させた。
先陣を切ったのは、白銀の閃光と化したシルヴァと、黄金の盾を構えたルルだ。
「失せろ、化け物が!」
シルヴァの槍が音速を超えてゼノアを貫こうと奔る。
だが、ゼノアは微動だにしない。
槍の先が届く寸前、ゼノアの背後の壁から巨大な石の手が飛び出し、シルヴァの槍を強引に弾き飛ばした。
「なっ……!?」
「無駄だ。この部屋のすべては、我が神経であり、手足なのだよ」
ゼノアが指を弾くと、今度は床が生き物のようにうねり、無数の鋭い石柱が噴き出した。
ルルが即座にプロテクションを展開し、俺とミーシャを死守する。
「マスター、警告! 天井の魔力濃度が臨界点に達しました!」
すらたんの叫びと同時に、天井に描かれた星空が剥がれ落ちるように、巨大な魔弾となって降り注ぐ。
まさに、部屋そのものが巨大な怪物となって襲いかかってくるような異常な波状攻撃。
「アドルさん、私が抑えるわ! 黒炎壁!!」
ミーシャが両腕の腕輪を輝かせ、空中に複雑な魔方陣を編み上げた。
自由な両手から放たれるのは、進化した片手二重螺旋。
漆黒の炎が巨大な障壁となって渦を巻き、降り注ぐ魔弾を次々と飲み込み、相殺していく。
その隙を突き、俺は新しく錬成した魔剣を鞘から引き抜いた。
「シルヴァ、左だ! ルル、右の壁を叩け!」
俺の鑑定眼が、生きている部屋の「魔力の継ぎ目」を捉えた。
指示通り、二人が左右の壁と床を粉砕する。一瞬、ゼノアの支配力が揺らいだ。
「今だ!」
俺は魔剣にミーシャの黒炎を纏わせ、真っ向からゼノアへ肉薄した。
鏡の鞘から放たれた屈折光が、ゼノアが張った空間障壁を強引にこじ開ける。
剣先がゼノアの喉元に届く――。
「……捕まえたぞ!」
確かな手応え。
だが、ゼノアの口元が、嘲るように吊り上がった。
「……ああ、捕まえたのは私の方だ」
ゼノアの身体が陽炎のように消え、俺の足元――俺自身の影から、フィアが愛用していたあの漆黒の鎌が鎌首をもたげた。
「なっ……影の中に潜んでいたのか!?」
「アドルさん!!」
ミーシャの絶叫が響く。
振り下ろされた死神の刃が、俺の首筋を裂こうとしたその瞬間。
俺の魔剣が、あり得ない角度で「自律的」に光を反射した。
影の中に潜んでいたゼノアの実体が、強引に光の檻へと引きずり出される。
「……な、に!? 私の影移動が……封じられた……!?」
「これがお前の知らない、最新の『レシピ』だ!」
俺は渾身の力で、剣をゼノアの影ごと床に突き立てた。
広間全体が真っ白な光に包まれ、ゼノアの悲鳴が轟く。
逆転の確信。
だが、その光が収まったとき、ゼノアは血を流しながらも、狂気じみた笑みを浮かべていた。
「くくく……素晴らしい。実に素晴らしいぞ、アドル。その剣……その力……」
ゼノアがゆっくりと自分の胸に手を当てる。
すると、彼の背後の壁から、今までとは比較にならないほど巨大な「何か」が這り出してきた。
「ならば、この迷宮の『真の主』としての力を見せてやろう。……アドル、貴様がこれまでに複製してきた『すべての武器』を、私がここで再現したらどうなると思う?」
ゼノアの背後に、俺がこれまでに作ってきた数千、数万の武器の影が、黒い霧となって現出し始めた。
「……嘘だろ。俺の複製情報を……読み取ったのか!?」
自分たちが作り上げてきた最強の軍勢が、今度は敵として目の前に並ぶ。
かつてない絶望的な光景を前に、俺たちの戦いはさらに激化していく。




