第154話:瓦礫の意地
四十一層の隅で、俺は独り、地面に散らばった鏡の破片を拾い集めていた。
四十層での醜態が脳裏を離れない。ミーシャが操られ、唯一の武器庫である異空間保存が封じられた瞬間、俺はただの荷物になった。
ルルを血まみれにさせ、シルヴァに無理な龍化を強いたのは、俺の依存が招いた結果だ。
「……くそっ」
拳から血が滲むほど破片を握りしめる。
錬金術師なら、手元にあるもので足掻いてみせろ。
俺は腰に差した唯一の武器である短剣を引き抜き、その鞘に拾い集めた鏡の破片を強引に埋め込んでいく。
「アドルさん……。もう、休んで……」
ミーシャが心配そうに声をかけるが、俺は手を止めなかった。
異空間保存がなくても、ミーシャが封じられても、俺自身が理を撥ね退ける牙を持たなければ、この先へ進む資格はない。
「……回れ」
俺は残ったわずかな魔力を、埋め込んだ鏡の破片へと流し込む。
四十層を支配していた鏡の理の残滓を、無理やり俺の複製回路に接続する。
パキン、と耳障りな音が響き、不格好で歪な、しかし銀色に輝く鞘が出来上がった。
◇
四十二層から四十九層までの道のりは、まさに正気を疑うような地獄だった。
空間がねじれ、上下の感覚が消失したバグエリア。
俺は血が滲む手で握りしめた歪な短剣の反射光だけを頼りに、存在しないはずの道を強引に作り出し、仲間を導いた。
襲いくる紫炎の騎士団をミーシャの黒い炎とシルヴァの槍で退け、俺たちはボロボロになりながらも、ついに第五十層の最深部へと到達した。
目の前にそびえ立つのは、不気味な紫の魔力が漏れ出す漆黒の大門だ。
「……ここなの。この先に、すべてを操っている化け物がいるの」
ルルが肩を震わせながら呟く。彼女を包むすらたんのオーラも、最大級の警戒態勢で鋭く明滅していた。
「アドルさん、私の準備はできているわ。もう、自分を怖がったりしない」
ミーシャが新しく錬成した魔導杖を構える。
その瞳には、かつての迷いはない。
俺が図書室で命を削って完成させた新しい武器には、彼女の黒い炎を制御するための特殊な魔力回路が組み込まれている。
「フン、ようやくか。これほど長く感じた階層は初めてだぞ、アドル」
シルヴァが不敵に笑い、銀の槍を静かに構えた。
俺は無言で頷き、巨大な門に手をかけた。
重厚な音を立てて開かれたその先には、星空を閉じ込めたような幻想的かつ不気味な広間が広がっていた。
広間の中央、数段高い位置にある漆黒の玉座。
そこに、深い紫の法衣を纏った男が、退屈そうに頬杖をついて座っていた。
四天王ゼノア。
彼が視線をこちらに向けた瞬間、肺を直接掴まれるような圧倒的な重圧が襲いかかった。殺気ですらない、ただそこに存在するだけで世界を歪ませるような絶対的な魔力。
「……迷宮の理を破壊し、ここまで這い上がってきたか。羽虫のごとき人間どもが」
ゼノアの声が、広間全体に、そして俺たちの脳内に直接響き渡る。
俺は一歩前に出た。
腰から引き抜いたのは、瓦礫の鏡破片と英雄たちの遺志、そしてミーシャの黒炎を統合して作り上げた、対四天王用最終魔剣だ。
「羽虫かどうか、その身で確かめてみるがいい。俺たちはここを越えて、街へ帰るんだ」
ゼノアがゆっくりと玉座から立ち上がる。
彼の手が宙をなぞると、周囲の空間がガラスのようにひび割れ、そこからどす黒い虚無が溢れ出した。
「帰る場所だと? 愚かな。この迷宮そのものが貴様らの墓場となるのだ。……まずはその希望から、塵に帰してやろう」
ゼノアの指先が俺たちを指した瞬間、不可視の衝撃波が広間を埋め尽くした。




