第153話 : 絶望の先の進軍
第四十一層に降り立った瞬間、俺たちは周囲を索敵した。
幸いにも魔物の気配はない。
俺はすぐさま、意識を失っているルルを平らな地面に横たえ、隣にいるミーシャに叫んだ。
「ミーシャ、異空間保存から回復薬Bを出してくれ! それから、全力でヒールを!」
「わ、わかったわ! 異空間保存、展開!」
ミーシャの操作で空間が開き、俺が以前に複製しておいた回復薬が手元に現れる。
俺はそれをルルの口に流し込み、外傷には直接振りかけた。
同時に、ミーシャがルルの上に両手をかざす。
「お願い、回復して……! 二重螺旋、ダブルヒール!!」
二つの魔法陣が重なり合い、通常の数倍の密度を持った癒やしの光がルルを包み込む。
バチバチと弾けるような魔力の音が響き、ルルの深く裂けた傷口が、見る間に塞がっていった。
「ルルっ……ルル、大丈夫か! 頼む、目を覚ましてくれ!」
俺が懸命に声をかけ続けると、しばらくしてルルの睫毛が微かに震えた。
「……あ、アドルさん……。なんだか、すごく熱いの……」
「ルル! よかった、気がついたか……!」
「マスター、バイタル確認。損傷箇所の九十パーセントが修復されました。意識も安定しています」
ルルの全身を覆うオーラから、すらたんの声が響く。
ルルはミーシャに支えられながら、ゆっくりと上体を起こした。
◇
ミーシャは、自分が洗脳されていた時の記憶が一部欠落しているようだったが概ね覚えていた。
俺たちの無事を喜びつつも、どこか申し訳なさそうに視線を落としている。
「ごめんなさい、みんな。私、あの時何が起きたのか一部覚えていなくて……」
「謝らなくていい。エリアギミックのせいだ。」
「ミーシャさんの右腕から出た黒い炎、本当にすごかったの……。プロテクションが紙みたいに破られちゃったの。あれ、ミーシャさんがずっと貯めてた力なの?」
「……ええ。万が一の時にみんなを守るために、回路の隅に少しずつ圧縮して貯めていた予備の魔力だったんだけど。まさかあんな形で解放されるなんて」
ミーシャの表情が曇る。
彼女が俺たちを想って積み上げてきた力が、皮肉にも俺たちを壊しかけたのだ。
俺は彼女の肩を強く抱き寄せた。
「今はもういい。……ところで、ここには石碑がないな」
周囲を見渡すが、本来なら各階層の入り口にあるはずの、街への転送を可能にする石碑が見当たらない。
「シルヴァ、無理をさせて悪かったな。お前が部屋をぶち壊したせいで、迷宮のシステム自体が混乱しているのかもしれない」
白銀の髪を揺らし、シルヴァが静かに首を振った。
「案ずるな、我は大丈夫だ。多少の無茶には慣れている。だが、退路が断たれたとなれば、このまま進むしかあるまい」
「ああ。少しの間だけ休息を取って、態勢を整える。目指すは第五十層だ」
俺は、さらに深く暗い迷宮の奥を見つめた。
崩落した天井の隙間から見える下の階層は、空間がねじれ、物理法則が崩壊しているかのように歪んで見えた。
「……ここから先は、もう俺の知っている迷宮じゃない。シルヴァが無理やりエリアを破壊した影響で、構造そのものがバグを起こしている可能性がある。何が出てくるか、どんな罠があるのか……全くの未知数だ」
俺は、手に残ったわずかな魔力と、ミーシャの異空間保存にある物資の残数を確認した。
「でも、退路がない以上、進むしかない。五十層にいるという四天王ゼノア……そいつを倒せば、あるいは道が開けるかもしれない。……みんな、準備はいいか?」
「ええ、アドルさんがいるなら、どこまでだって行けるわ」
「あたしも負けないなの! 今度はあたしがアドルさんを守るなの!」
「フン、我を退屈させるなよ、アドル」
それぞれの決意を胸に、俺たちは形を失い、異形へと変貌しつつある迷宮の深淵へと足を踏み出した。




