第150話 : 逆流する魔物
ハイエリクサーによる快復から数日後。
俺たちは再び迷宮の入り口に立っていた。
本来なら転送陣で一気に第三十層を目指すところだが、今回はあえて第二十層からの進行を選択した。
「……やっぱり俺の勘は当たっていたみたいだな」
第二十層から下り始めて数時間。
俺は足元に転がる魔物の死骸を見下ろして呟いた。
俺たちが休息している間に、深層から溢れ出した魔物が迷宮内を逆流し始めていたのだ。
「アドルさんの言う通りね。私たちが攻略を止めていた分、魔物の密度が上層まで上がってきているわ。これを放置して四十層に向かったら、街への被害が出ていたかもしれない」
ミーシャが周囲を警戒しながら、俺の隣で異空間保存を展開する。
彼女の周囲に生じた空間の歪みから、俺が事前に複製しておいた予備の剣や罠が次々と取り出されていく。
「ミーシャ、悪い。予備の矢筒をさらに三つ出してくれ。ここからは数で押すぞ」
「了解よ。……はい、これね」
ミーシャの手際よいサポートにより、俺の複製錬金で作った物資が淀みなく戦場へ供給される。
◇
第二十五層に差し掛かった頃、前方から地響きのような足音が響いてきた。
現れたのは、本来なら三十層付近に生息するはずの大型個体、オークキングの群れだ。
「ルル、シルヴァ! 掃討するぞ! ここで食い止める!」
「わかったなの! 掃除なら任せてほしいなの!」
ルルが拳を打ち鳴らし、元気に飛び出す。
彼女の肩口では、すらたんが「マスター、前方右の個体が魔力を溜めています。回避後にカウンターを」と的確な指示を飛ばしている。
「フン、雑兵が。我の行く手を阻むなど、万死に値するわ」
シルヴァも槍を旋回させ、人型のまま凄まじい速度で敵陣へと切り込んでいった。
俺はミーシャから受け取った魔力付与済みの短剣を両手に構え、乱戦の中へと身を投じる。
◇
「ふぅ……。これでこの階層の主だった群れは片付いたな」
最後の一体を切り伏せ、俺は肩で息をついた。
屋敷に残してきたカミラの顔が脳裏をよぎる。
出発前、彼女は「ご主人様、どうかご無事で。お帰りの際には最高の食事を用意してお待ちしておりますわ」と、いつものメイドらしい穏やかな笑みで見送ってくれた。
「ミーシャ、悪いが一旦異空間保存に装備を戻してくれ。一気に三十層、そして未知の四十層へ向かうぞ」
「ええ、準備はできているわ。……でも、アドルさん。四十層からは、今までとは比べものにならない予感がするの。気を引き締めていきましょう」
ミーシャの言葉に、俺は無言で頷いた。
順調に掃討を終え、俺たちはかつて死闘を演じた三十層の祭壇を通り過ぎ、ついに漆黒の霧が立ち込める第四十層の入り口へと辿り著いた。
この先に、これまでの想定を全て無に帰すような絶望が待ち受けているとは、この時の俺たちはまだ夢にも思っていなかった。




