第146話 : 炎と氷の共鳴
祭壇が拒絶するかのように放った絶対零度の吹雪が、ルルの小さな身体に襲いかかった。
「くっ……冷たいなの! でも、負けないのよ!」
ルルは歯を食いしばり、炎の出力を強引に引き上げた。
猛烈な冷気を押し返すため、八パーセントに固定すべき出力が十五、二十パーセントへと跳ね上がっていく。
「警告! マスター、出力が規定値を大幅に超過しています! このままでは熱量で祭壇が崩壊します!」
すらたんの焦燥に満ちた声が響いた。
「わかってるなの! でも、出力を下げたら火が凍っちゃうのよ!」
ルルの炎と祭壇の冷気が激突し、周囲の空間が悲鳴を上げて歪んだ。
その時、ルルの背後から巨大な影が覆い被さった。
「無茶をしおって……馬鹿娘が!」
人型をとったシルヴァが、ルルの両手の上に己の手を重ねた。
銀龍の魔力を解放し、極低温の凍気をルルの炎へと叩きつける。
ルルが放つ過剰な熱量を、シルヴァの冷気で強引に削り落とし、祭壇に届く出力を八パーセントに抑え込もうという力技だった。
「シルヴァ!」
「貴様は炎を絶やさず押し込むことだけを考えろ! 調整は我が引き受ける!」
相反する属性の激突は、二人の身体に容赦のない負荷を与えた。
ルルの手から溢れる規格外の熱波がシルヴァの腕を焼き、皮膚の焦げる生々しい音が響く。
「ぐうぅぅっ……!」
シルヴァの顔が苦痛に歪み、重ねた手から力が抜けかけた。
「シルヴァの魔力出力、低下! マスターの炎を抑えきれません! 祭壇の耐久値、限界に接近……崩壊まで残り十秒、九……!」
すらたんが絶望的なカウントダウンを叫んだ。
シルヴァの腕は深刻な火傷を負い、これ以上の冷却は不可能だった。
万事休すと思われたその瞬間、二人の手を上から包み込む、さらに巨大な氷の掌があった。
「……何故、そこまでして」
地を這うような重い声。凍土の番人、グラキエスだった。
番人は己の核から純粋な冷気を引き出し、暴走しかけているルルの炎を優しく、しかし確かな力で包み込んだ。
「グラキエス……お前」
シルヴァが驚きに目を見開いた。
「熱を持つ者よ。己の身を焼き、凍らせてでも、仲間を救うか」
「当たり前なの! アドルさんは、あたしたちの家族なのよ!」
ルルが涙目で叫ぶと、番人の瞳の奥で青い光が揺れた。
ルルの純粋な炎、シルヴァの銀龍の凍気、そしてグラキエスの絶対零度。
三つの相反する力が奇跡的な均衡を保ち、ルルの手の中で美しく澄んだ銀色の炎へと昇華した。
その温かくも冷たい銀の炎は、拒絶されることなく祭壇の石柱へと吸い込まれていく。
「出力、八パーセントで完全に安定しました。祭壇の魔力循環、正常化を開始……。成功です、マスター!」
すらたんの歓喜の報告と同時に、四本の石柱すべてに光が灯った。
凍りついていた祭壇の中央から眩い光が溢れ出し、透き通った一滴の宝石のような結晶がこぼれ落ちる。
アドルを救うための鍵、星霜の雫だった。
ルルは力が抜け、その場にへたり込んだ。シルヴァも火傷を負った腕を押さえながら、荒い息を吐いた。
「よくやったなの、二人とも……」
ルルが雫を大切に両手で受け取ると、グラキエスが静かに膝をつき、その巨体をルルの目の前へと沈めた。
「見事だ、召喚師よ」
番人の声から、先ほどの冷徹な敵意は消え失せていた。
「聖域を救い、我が迷いすらも溶かしたその炎。貴様のその真っ直ぐな魂に、大いなる可能性を見た」
グラキエスはルルに向けて、恭しく氷の掌を差し出した。
「我が力、今後は貴様のために使おう。誓約を交わし、我を喚ぶがいい」
「えっ……? あたしの召喚獣になってくれるの!?」
ルルが驚いて瞬きをした。
「ああ。貴様の征く道がどこへ続くのか、この目で見届けたくなったのだ」
「ありがとうなの、グラキエス! これからよろしくなの!」
ルルが満面の笑みでその巨大な冷たい指先に触れた瞬間、まばゆい魔法陣が展開し、凍土の番人はルルの新たな力として召喚の系譜に名を刻んだ。
「マスター、ミッションコンプリートです。ですが、アドル様の容体は予断を許しません。屋敷への最短帰還ルートを算出。シルヴァ殿、最大加速をお願いします」
「……言われるまでもない。小娘、しっかりと捕まっていろ。アドルの元へ、一気に送り届けてやる!」
シルヴァが翼を広げ、再び夜空へと舞い上がる。その背中で、ルルは雫を胸に抱きしめ、遥か遠い街の空を見つめていた。




