第143話 : 運命の5秒間
「……ハァ、ハァ……。みんな、聞いてくれ。これが最後で唯一のチャンスだ」
アドルの顔は死人のように蒼白だったが、その手つきは驚くほど速く、正確だった。
彼は数本の回復薬Bを錬金術の光で包み、有効成分のみを爆速で抽出・濃縮。
それを飲むのではなく、自らの血管内へと直接「配置」し終えた。
「アドルさん、そんな顔色で何を……」
「ミーシャ、心配するな。作戦だ。反射攻撃を受ける役目は俺がやる。3人は5秒以内に同時攻撃をして、あの二人を同時に倒してくれ」
「そ、そんなことしたらアドルさんが死んでしまうじゃない!!」
「大丈夫だ、ミーシャ。ちゃんと手は打ってある。頼む、時間が無い。確実に一発で仕留めてくれ」
アドルはふらつく足取りで、円形広場の最も端、壁際まで大きく距離を取った。
銀色の塵を凝視し、確信を得たからだ。
「……反射ダメージは、対象から『最も遠い人物』に優先して入る。天秤の均衡を保つための、このエリアの絶対法則だ。俺がここにいれば、反射は全て俺に集中する」
アドルが広場の縁に到達した瞬間、頭上の黄金の天秤が不気味に揺れ、見えない因果の重圧がアドル一人にのしかかった。
「「あはは! なにこれ、自分から死にに来たの?」」
「……笑ってられるのも、今のうちだ。ルル、プロテクションを俺に! 5秒だ、5秒以内に必ず倒せ!」
「……わかったなの! 5秒で、必ず仕留めてアドルさんを守るの! プロテクション、起動!!」
ルルの叫びと共に、遠く離れたアドルの身体が黄金の輝きに包まれた。
00:05:
「全員……行けぇぇぇ!!」
アドルの怒号が広場に響き渡った。
00:04:
「氷天長槍・連突!」
「爆炎ブロー・フルパワーなの!」
シルヴァの氷の槍とルルの炎の拳が、それぞれアインとツヴァイに炸裂する。
二人は致命的な一撃を受けながら、その衝撃によって中心点へと強制的に弾き飛ばされ、一箇所に固められた。
「ごふっ……ぅぅ……はぁはぁ」
壁際で痛烈なダメージがアドルへはいる。
00:03:
「……二人とも、引いて!!」
ミーシャの鋭い声が響く。
シルヴァとルルは阿吽の呼吸で双子から手を引き、後方へ大きく跳躍して離脱。射線上をミーシャのために空ける。
00:02:
「二つの風を、同じ螺旋へ……! 二重螺旋・双嵐大旋風!!」
ミーシャは確信していた。
属性を変えずとも、逆回転の風を重ねることで、中心に逃げ場のない超圧力の真空を生み出せる。
左手から放たれた二つの暴風がDNAのような螺旋を描き、重なった双子を完全に呑み込んだ。
00:01:
「「ギィ、アァァァァァァァァッ!!! ヤダ、イタイ、キエタクナ……ッ!!」」
アインとツヴァイが、これまで見せたことのない絶望に顔を歪め、この世のものとは思えない叫び声を上げる。その肉体が、魂ごと真空の渦の中で細切れに、分子レベルへと分解されていく。
00:00:
「ガッ……! ギ、アァァァァァッ!!」
双子が消滅した瞬間、彼らが受けた全ての破壊エネルギーの半分が、広場の端にいるアドルへと逆流した。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
アドルの断末魔のような叫びがエリア内に響く。
「アドルさんっ!!!」
ミーシャが涙をためてアドルの様子を見守る。
同時にプロテクションの効果が終了。
ルルのバフによって「即死」だけは免れたものの、逃げ場のない余波がアドルの内臓を、回路を、骨を焼き尽くそうとする。
血管内に仕込んだ濃縮Bランク回復薬が瞬時に消費され、焼かれる端から細胞を繋ぎ止めるが、それでも衝撃が勝った。
「……ッ、ハ……」
アドルの目、鼻、口から鮮血が吹き飛ぶ。
黄金の天秤は砕け散る。
静寂が戻った広場の中央で、アドルは力なく膝をつき、そのまま前のめりに崩れ落ちた。
「アドルさん!!」
ミーシャが全速力で駆け寄り、地面に激突する寸前で彼を抱き止める。
アドルの身体は、沸騰した薬液と激しすぎる魔力消費により、触れるのがためらわれるほどの熱を発していた。
「アドルさん! 起きて! 息をして……お願い!!」
返事はない。
だが、彼の胸は微かに、だが確かに上下している。
仲間の力を信じ、己の身を盾にした錬金術師の、あまりに過酷な勝利だった。




