3年後ーダンとドウラ
俺の主な名前は ……ドウラ。他にも、その場限りの名前を数多く使ってきた。
今は――カレン、か。
俺はランティの名前を捨て、いくつの顔を生きてきたのだろう。
社長としての仕事をひと通り片づけ、わずかな休憩時間に椅子へ深く身を沈める。意識を止めようとしても、思考は勝手に、あの親子のもとへ引き寄せられていった。
(このまま俺は、またあの親子と……そう、妻と娘と、義父と、家族として生きていけるのか?)
ドウラを捨て、カレンとして生きるために、顔つきも歩き方も、声の出し方さえ変えた。それでも義父の目だけは誤魔化せなかった。
近頃では、妻のキッタにさえ、微かな疑念を向けられている気がする。
裏の仕事からは、完全に手を引いた。
だが、過去が消えるわけではない。そのことを、誰よりも俺自身が分かっていた。
それでも――
それでも俺は、彼らとこのまま未来へ進みたいと思ってしまう。
妻は、かつての上エリアでの暮らしと比べものにならないほど逞しくなっていた。裏の畑を耕し、娘のカナンを叱り、日々の生活を切り盛りしている。
娘は赤ん坊の頃の記憶しか持たないが、口達者で聡く、母親譲りの愛らしさがあった。
最近、俺は仕事帰りに決まってこの家へ顔を出す。
懐かしい家族。
このまま、ここにいたい。
本当の自分をさらけ出して――いや、それが叶わなくとも、共に暮らしたい。
想いが強くなるほど、俺は自分自身を持て余していった。
コーヒーを一口含み、ゆっくりと目を閉じる。
疲労に沈んだ意識は、そのまま眠りへと引き込まれた。
――ドン。
「……ん?」
――ドン、ドン、ドンドン。
心地よさを叩き壊す音に、俺は跳ね起きた。
玄関へ向かい、扉を開ける。
そこに立っていたのは、見覚えのある青年だった。
青白い顔。荒い息。どうやら走ってきたらしい。
「……ダンじゃないか? こんな遅くに、どうした」
「とにかく……中へ入れてくれ。デジャンに追われてる」
「え……?」
一瞬、躊躇が胸をよぎる。
だが、このまま見捨てることはできなかった。
「……分かった。入れ」
椅子を勧め、コーヒーを差し出す。ダンは両手でカップを包み込み、ようやく呼吸を整えた。
「……随分、外見が変わったな」ダンは、かつてのドウラの面影がまったくない、目の前の男と向き合う。
「まさか、ここに辿り着くとは思わなかった。誰にも居場所は話してなかったからな」
ダンは視線を落とし、静かに語り始める。
「数年前、あんたが俺に仕事を引き継いで消えたあと、言われた通りに裏稼業を続けていた。だが……一度デジャンに目をつけられたら、仕事は簡単じゃない」
俺は黙って耳を傾けていた。
「それでも仲間に教わりながら、何とか金を稼いでいた。そんな時だ。金持ち連中が、また“例のこと”をやりたいと言ってきた」
嫌な予感が、背中を走る。
「屑ロボットを集めて、好き放題やるって話だ」
「あれは……確かに、金になった」
「だが、失敗した」
ダンの声が震える。
「土地と家屋を押さえ、実行に移そうとした瞬間、デジャン――警察が踏み込んできた。完全に罠だった」
沈黙が、部屋に落ちた。
「ドウラ……あなたの力が必要なんだ」
俺は、ゆっくりと首を横に振る。
「今さら戻れない。俺はもう、昔のドウラじゃないんだ。この仕事から手を洗った。偶然、義父に会って……妻も、子供もいる」
ダンは俺を真っ直ぐに見つめ返した。
「知っている。俺は知りたかった…あんたが、なぜ突然消えたのかを。
調べ続けて……そして、ここに辿り着いた」
部屋に残るのは、コーヒーの苦い香りだけ。
――過去は、終わったはずだった。
だが、過去のほうが、俺を終わらせてくれない。
俺は、静かに拳を握り締めた。




