第55話 自分の過去
「どこまで話しましたか?――ああ、新しい取引先の旦那の話でしたね。その方とは、長い付き合いになりました。縁あって、その方の家に引き取られたのです」
ドウラは少し間を置いてから、言葉を続けた。
「私はそれまで、自分の周りの大人たちが“普通”だと思っていました。でも、その方はまるで違っていました」
俺は思わず口をはさんだ。
「途中で悪いけど……君の言おうとしていることが、私の知人の話と重なるんだ。そんなこと、ありえないはずなのに……」
「まずは私の話を最後まで聞いてください。それから、その知人の話を」
「ああ、わかったよ。だが、手短に頼む」
「分かりました」
ドウラは静かに息を吸い、語り始めた。
「新しい旦那に引き取られてから、私は初めて“人間扱い”されたような気がしました。商売のことも一から教えていただきましたし、旦那様の娘さんも優しく可愛らしい方で……私はすぐに恋に落ちました。身分違いの私に、旦那様は結婚も許してくださったんです。
私は決心しました。この人たちを、自分の人生をかけて守ろう、と」
俺の胸にざわめきが走った。まさか――。
「君は……ランティなのか⁈」
あり得ない、と思いつつも、その話はあまりにも娘婿のランティと重なっていた。思わず口から飛び出していた。
「義父さん。やっと、その名前を呼んでくれましたね」
「信じられない! 本当に君なのか? 見た目も顔も、すべて違うじゃないか」
「今の時代では違法ですが、もぐりの整形外科に顔を変えてもらいました。歩き方、仕草、声の出し方……すべて、変えた顔と年相応に見えるよう演じてきたんです」
「どうして……そんなことを?」
「私は、あなた方を守ると誓いながら、何もできなかった。それが悔しかったんです。だからどんな方法でも、とにかく上級エリア民にのし上がろう。そしてあなたたちと、また一緒に暮らしたい――それだけを思って生きてきました」
目の前にいる男がランティ。そう本人の口から聞いても、まだ信じられなかった。ただ、俺たちを見捨てたのではなかった――その事実が、胸に染みて嬉しかった。
「なんて言えばいいのか……わからないよ」
「いいんです。ただ、思い出してくれさえすれば……。
それからの私は、這い上がるためにどんなことでもしました。○ろし、盗み、騙し……そして、そのかいあって上級エリア民にも、巨額の富も手に入れました」
「そ、それは……よかったじゃないか」
「表の世界では成功したかもしれません。でも、もうあなた方の前には出てはいけない……」
「……新しい家族をつくったらいいじゃないか?
俺は、過去のプライドが捨てきれず、低賃金の仕事さえ探す努力もせず、キッタに迷惑ばかりかけている暮らしだ。そして、後先考えずにこの怪しい話に飛びついた。
君が憧れていた家族は、もう過去の産物でしかないんだよ」
「そうでしょうか? 私は、久しぶりにあなたを見て眩しかった。友人たちに囲まれて笑ったり、心配しあったり……昔のあなたとちっとも変っていなかった。
昔の痩せこけて、身体中にできた膿で臭くて醜い私を、なりふり構わず優しく抱きしめて、家に迎え入れてくれた……あのときのあなたのままでしたよ」
言葉の語尾が震えている。男の目からは、涙があふれていた。
ああ、何故だか俺の目からも涙が出ていた。
一時はこの男を恨んだ時もあった。だが、引き取った時から娘と変わらぬ愛情を注いできた。それも、こんな話を本人から聞かなければわからなかったことだ。
その気持ちが、とても嬉しかった。
「ほ、本当に君はランティなんだな。姿は変わってしまったけれど……生きて会えてうれしいよ。あれから、随分探したんだ。事故にあったのかと心配したけど、結局わからなかった。貧乏が嫌で逃げ出したんだと思って納得したよ」
「ありがとうございます。今さら何を言っても遅いのはわかっています。でも、あなたにはわかってほしかった。本当の父親のように慕っていたのですから……」




