リンネの心
リンネは大きく膨らんだ袋を持って、中利邸にやってきた。
「おや、久しぶりじゃないか。リンネ」
「アマン、仕事で忙しかったんだ。今日は、卵焼きを作ろうと思ってね」と勝手知ったる台所に行き袋から沢山の卵を取り出す。
「なんだい、急に‥。それと、ソマのことで聴きたいことがあるんだ」
アマンは言う。
「ソマから、何か聞いたのか⁈」
「ソマは何も言わなかったよ。おまえの家での様子を聞いても、曖昧に答えていたさ。でも、なんだか不自然でね。フラに聴いたのさ。そしたら、ソマが働き始めた2日目からずっと来てないと言うじゃないか」
「あの、お喋りめ」
「怒れるのは、おまえだよ。気になってソマを問い詰めたのさ」
「そしたら⁈」
「お前が仕掛けたことだろ」
「フラの掃除の後で暇そうにしてたから、俺がカリアン(オセロ)で勝ったらもう、ここに来なくてもいいって言ってあげたんだよ」
「オセロで勝ったらって⁈そんな、酷いことを言ったのかい」
「アマンのメイドだったら、カリアンは出来ると思って…ちゃんと人間モードで対戦してあげたんだ」
「‥‥バカタレ」
「バ、バカタレってなんだよ」
「ソマは、もうとっくに私なんて足元に及ばないくらいの実力者なんだよ。返って、私が教わっているくらいだよ」
「えっ!」
「ソマは低所得者エリア内で暴動が起きた頃に拾った赤ん坊を、自分の弟のように可愛がっていてその時に出会ったロボットたちとも家族同様に住んでいるんだよ。きっと、そのロボットたちにオセロを教わったんだね」
「そんなこと一言もいわなかった‥それに俺が、人間モードをはずしても」
「おまえって、つくづく卑怯な奴だね。それで、勝ったきでいるなんて。きっと、ソマはおまえにやっかい払いされたと思ってたんだよ。だから、あえて何も言わなかったのさ。それにきっと、彼女なら人間の自分でも何か役にたつことはないかって考えるさ。それに金持ち連中が捨てたロボット達の燃料代や自分たちの生活費全般も含めて下級エリア民の賃金では、さぞかし大変だろう。だから、新しい仕事にチャレンジをしたんだよ」
「でも、1月分の給料は払ったさ」
「ふっー。ちっともわかっていないね。まあもういいさ。2か月も前のことなんだから」
「ソマの掛けで勝ったらやってほしいことも叶えてあげたんだし」
「なんだよ。だから、おまえは悪くないって言いたいのか」もうその話を止めようとしたが振り返しになってしまい、ふとその願い事をソマから聴いた時のことを思い出した。その時もなぜ彼女がそんな、人間の若い男に望むようなことを言ったのか不思議だった。
「おまえは、その願い事を聞いてなんて思ったんだい?」
「2つも、欲張りな人間だなって思ったよ。しかも、言ってる意味が訳わかんなかった。1つ目は、お姫様抱っこだった。最初は訳わからずにソマを持ち上げて、ソファーに落としてしまったんだ。でも、昔のアマンを思い出して検索をかけた」
「うぷっ。そんなことが、あったっけ?」
「あったよ。昔仕事の連中と酔っぱらって夜中に帰って来た時に、ベットに運んでっーって大きな声で叫んでいただろ⁈」
「‥‥そんな記憶とっとっと消してしまい」
「なんでたよ。アマンとの思い出は全部とっとくんだ。でも分かった時は、ソマは寝てしまっていた」
「そんな恥ずかしいことまで、とっとかなくてもいいよ。で、二つ目は?」ソマから大雑把に聴いてはいたが、リンネの気持ちが聞きたかった。
「頭を撫でてほしいって、これも難しかった」
「で、どうしたんだ」
「昔、アマンがよく俺が泣いていたり困ったことがあった時、してくれことがあっただろう⁈それをしたんだ」
我が家に来た頃のリネンは、人間に例えると1歳児頃からの教育が必要だった。結婚も子供も諦めた私は、最新型の知育ロボットを手に入れていた。
(本当におまえのお蔭で楽しかったことや困ったことがあって、随分振り回されていい子育ての経験をさせてもらった。だけどお前が困った時は、特別何かをしただろうか?)
「抱きしめてくれただろう。そして、肩や背中をやさしくさすってくれた」
「!!それをソマにしたのかい」
「ああ、そしたら泣いていた‥」
(この二人は、異性として意識しているのか?)
「でも、少しして話かけたら寝てたんだぜ。だから、ベットに運んだ」
「それで‥‥?」
「それだけだよ。ベットにペンルでメモ書きを残した。目が覚めたら、声かけなくてもいいから勝手に帰っていいからって」
「ふーんそういうことかいわかったよ。卵焼きだけど‥‥最近、ソマが砂糖控えめで作ってくれるのさ。年寄りに悪いってね。だから、おまえもそうしておくれ」
(なんだか、安心したような‥。今時ロボットと人間のカップルなんて珍しくもないが、流石によく知ってる二人だとこっちが焦るよ。ふー)
リンネは出来たての卵焼きをテーブルに置いた。
「はい、出来たよ」
流石に、ロボットが作るものは完璧だ。
「うん、美味しいよ。ありがとう」
「沢山作ったから、ソマにもあげようかな」
「ぐっぐふ」リンネの言葉に喉を詰まらせる。
「大丈夫、アマン⁈ これ、飲んで」すばやく、お水を持ってくる。
「今さらどういう訳だい。辞めさせて、せいせいしたんだろう?」
「よく自分でもわからないんだ。あの時のソマの身体の感触と心音とかが頭に残っていて。あと、何で悲しんでいたのかが気になって‥」
「明日、ソマがくるから渡したらどうだい」気持ちは複雑だが、二人の橋渡しをしてやるか。
「明日は、来れそうにないからアマンが渡してくれない。他の曜日は、いつならいるの?」
「そんなことなら、ここでもっと曜日を増やしてあげようかね。ソマの笑顔を見るとほっとするから」とちょっと策をこうじる。
「別に生活が困っているなら、また家で雇ってあげてもいいけど‥」
「馬鹿か、おまえは⁈ 一度雇っておきながらすぐに辞めさせておいて、また雇ってあげてもいいって‥どこまで自分勝手なんだよ」
「‥じゃあ。どうしたらいいの⁈」
「ハア。私に聞かないでおくれ」
ふと、リンネは気づいたように、昔の写真立てを見つける。
「この、写真立て飾ったの?」
「寝室に飾っていたんだけどね。ソマが、他の部屋に移してみたらって言うから。場所を変えて見たんだよ」
「ふーん、俺との写真なんか飾りたくないのかと思っていたよ。一緒に暮らそうと言っても顔を縦に振らないし‥」
「!!何、バカなことを言ってるんだい。おまえと一緒にいたいに決まっているだろう。ただ、もう少しの間だけ自分の時間も楽しみたかっただけだよ」
「そうなのか?」
「ああ、そうだよ」
「今まで、なんだか誤解をさせていたみたいだね。ごめんよリンネ」ソマには心の中でお礼を言う。
「そういうことなら、許すよ。卵焼き、冷めないうちに食べて」
美味しそうに食べるアマンを、リンネはやさしくみつめていた。




