電波の影に沈む影11「亡命プログラム」
第11章「亡命プログラム」
翌朝、新潟駅南のホテルのロビーには、どこか緊張を残した空気が漂っていた。
昨夜の騒動は未明まで地元ニュースを騒がせ、宿泊客の中には一部始終を目撃した者もいた。
戸隠弘明は、朝食のコーヒーを片手に新聞をめくりながら、目を細めた。
《スマート農業用ドローン、自律飛行中に異常動作か——市中心部で緊急着陸》
「“異常動作”ね……まぁ、言い方としては無難か」
新聞の端に目をやると、小さな囲み記事があった。
《黒部慎一氏、一時行方不明に——関係者「持病の通院のため」》
「嘘をつくときは、なるべく正確な情報を混ぜるんだよな……病院には行ったのは本当だろうが、そのあとが問題だ」
この日、長野総合通信局に寄せられた新たな情報は、警察庁公安部経由の国際線情報だった。
黒部慎一。トリアクト技術顧問、元・情報通信研究機構。先月、ある貿易仲介業者を通じ、オーストラリア行きの一時就労ビザを取得していたことが明らかになった。
「オーストラリア……農業ドローン技術は、確かに需要があるだろうな」戸隠が資料をめくる。「でも問題は、黒部が持ち出そうとしていた中身だ。これは単なる作業機械じゃない」
名立が表示した画面には、ドローンに搭載されていた通信ユニットの回路図が並んでいた。
「これ……GNSS補正の処理モジュールに、通常の制御信号とは異なる“第三のプロトコル”が追加されていました。いわば、ステルス経路。正規の管理下にない端末から、指令を注入できる仕組みです」
「つまり、あれを市販すれば……どこの誰が飛ばしていても、裏で別の誰かが操作できる」
「下手すれば、軍用ドローンですら——」
「黒部がそれを“海外で特許化”しようとしていたのなら、これは技術亡命そのものだな」
だが、問題はそれだけではなかった。
「……このスプーフィングに使われた信号源、まだ回収されていない。誰かが協力者として、新潟市内に残ってる可能性が高い」
戸隠は、静かに頷いた。
「つまり、黒部を泳がせてる“もう一人”がいるってことか」
そのとき、長野の本局からIP無線が入る。
「戸隠さん、栗田調査役からです」
通話を取った戸隠は、いつものように飄々とした声に出迎えられた。
『やあ、お疲れ。なんか派手にやったらしいね。で、そっちに“動き”は?』
「はい。黒部の出国ルートが判明。問題は市内にいる協力者の特定ですが……調査役、何か掴んでますか?」
『うん、こっちも。公安から回ってきたリストに、一人引っかかっててね……君の“旧知の仲”らしいよ。名前は——』
その名を聞いた瞬間、戸隠はほんの一瞬だけ表情を動かした。
「……まさか、あいつが関わってるとはね」
飯島が顔を上げた。「誰です? 」
「あとで教える。まずは……その“協力者”の無線の痕跡を探しに行こうか」
彼らが向かうのは、万代島。黒部が最後に信号を発した場所。
そこに、もう一つの“受信機”が存在する可能性があった。
そしてその傍らには、ひとつのパラボラアンテナが、まだ誰にも知られずに残されていた——




