電波の影に沈む影12「電波は二度死ぬ」
第12章「電波は二度死ぬ」
午後、新潟市・万代島の朱鷺メッセ立体駐車場前。信濃川河口域から吹き上げる風が、港湾地区の熱気を少しだけ和らげていた。
戸隠弘明はワゴン車の影に身を潜め、小型スペアナ(スペクトラムアナライザ)を覗き込んだ。帯域外の不審な搬送波がまた現れた。変調はBPSK。しかも意図的に搬送波をずらし、妨害波との区別を困難にしている。
「これは……わざと解析させにくくしてある。設計者は相当詳しいな」
戸隠が小声で呟いた。
「それに、こいつの出力は小さいけど、一定周期で断続的に出てる。……たぶん、近くにあるぞ。車の中か、あるいはこのビルのどこかだ」
「目視は?」
「まだなし。でも、搬送波の発射タイミングがGPS同期してる。……このパターン、逆に読めるぞ」
飯島は端末の設定を切り替え、DEURASセンサとの遠隔時刻同期を試みた。
地方局単位では通常行わない使い方だが、同期による「差分方向探査」は、帯域外の搬送波にも有効だった。
「……名立。あと4秒で搬送波が出る。振ってる方向で探知器の針が動いたら、そっちが送信源だ」
「了解」
二人はそれぞれの方向にセンサを構えた。予測通りのタイミングで反応。名立が素早く手を挙げた。
「東側、立体駐車場の3階だ。送信源の方位、確定」
「OK。いくぞ」
階段を駆け上がると、そこには白のステップワゴン。ボンネットを開けたままノートPCを広げている人物がいた。
帽子を深くかぶり、イヤホンをつけているが、その動きに見覚えがあった。
「やっぱり、お前か。新発田健」
男が振り返る。ぎくりとしたその表情は、間違いなかった。
「まさか……弘明さん……」
「お前の搬送波、DEURASで“呼吸”まで読ませてもらったよ。時刻同期と微弱信号の変調タイミング、全部一致した」
「……電波だけで追ってきたってのか?」
「俺たちは“電波を探す”のが仕事じゃない。“電波の意味”を読むんだよ」
新発田の顔から血の気が引いていった。彼のPCには、リアルタイムの信号送信スクリプトが走っている。証拠は十分だった。
名立がスマホで通話を開始した。
「はい、長野。名立です。違反行為者の所在確認。送信ログと現行波形の一致を確認。新潟県警へ通報を。周波数帯は……旧軍事通信帯域、搬送波はBPSK変調。はい、場所は新潟市中央区万代島……」
新発田は観念したように手を挙げた。
その姿を、戸隠は無言で見つめていた。
風が吹き抜ける。再び“死んだはずの電波”は、こうしてその正体を暴かれ、法の下へと引き戻されたのだった。




