鉄路の上の正義と悪意 最終話 電波の向こうにあったもの
濁川が逮捕された翌日の長野市朝日町、長野総合通信局。
電波監視室では、戸隠弘明、島見杏果、加茂が、前日の記録を整理していた。
415MHz帯。
異常放送。
DEURASによる発射源推定。
そして、DEURAS-M6による現地測定。
最後には発射源を濁川宅まで絞り込み、警察の逮捕につながった。
「それにしても……」
島見が資料をめくる。
「爆弾がなかったのは、よかったですね」
「ええ」
戸隠も頷いた。
実際には、濁川が犯行声明で告げた「山の下駅に爆破物を設置した」という話は、完全な狂言だった。
濁川自身が警察の取り調べで認めた。
そして、その供述は事件の意味を大きく変えることになる。
◇
濁川は、かつて越後機械の鉄道システム部で働いていた。
船舶。
工業用エンジン。
鉄道システム。
新潟を代表する重工業メーカーの一つだった越後機械は、バブル崩壊による企業の設備投資の大幅減少とメインバンクの一つだった越後中央銀行の破綻により、越後機械も経営破綻した。
その後、越後機械は3社に分割され、鉄道システム部門は目立グループの傘下へ入った。
濁川は技術者として、その流れの中で新しい会社にも籍を置いた。
そして、ME輸送システムで参加したのが、舞浜から浦安を経由して小岩までを結ぶ新交通システム――
ソーブドリームライン構想だった。
濁川は技術者として、真剣に仕事をしていた。
ところが、そこで一つの疑問を持つようになる。
計画に絡む資金の流れがおかしい。
実際の工事や技術開発とは釣り合わない金額が、いくつもの会社を経由して動いている。
そして、その中心にいたのが当時の上司、花園だった。
現在の目立通信新潟支社長である。
濁川は花園を問いただした。
しかし――。
返ってきたのは説明ではなかった。
仕事上の圧力。
人格を否定するような言動。
そして、技術者としての立場を利用した締め付け。
濁川は職場を去ることになった。
それでも疑問は消えなかった。
さらに調べていくうち、濁川は別の事実にも気づく。
東新潟高速鉄道にも採用されている通信システムについて、自分が技術面で関わった発明が、濁川本人の名前ではなく、花園が作ったダミー会社の名義で特許出願・取得されていたことだった。
濁川は、その証拠となる資料を集め始めた。
しかし、それをどう公にするか。
そこで選んだ方法が、今回の異常放送だった。
◇
「……つまり」
戸隠が資料を置く。
「濁川は、証拠資料を世間に出すために、東新潟高速鉄道の設備へ妨害を仕掛けた」
「そういうことですね」
島見が答える。
「最初のわいせつ放送も?」
「自分が仕掛けたと供述しています」
「ずいぶん遠回りですね……」
加茂が呟いた。
「普通に資料を公開すればよかったんじゃないですか?」
戸隠は少し考えた。
「追い詰められていたんでしょう」
「だからって駅の放送を……」
「もちろん、許されることではありません」
戸隠ははっきり言った。
「どんな事情があっても、公共交通機関の設備を妨害していい理由にはならない」
島見が頷く。
「ただ、花園のほうも相当だったんですね」
「そこは、濁川の供述だけでは終わりませんでした」
戸隠は別の資料を取り出した。
◇
目立グループは、事件を受けて内部監査を開始した。
ソーブドリームライン構想。
過去の関連会社。
資金の流れ。
特許。
関係会社との取引。
そして花園の在職中の業務。
監査チームは、一つずつ資料を調べていった。
すると、濁川が指摘していた不自然な金の流れが次々と見つかった。
架空の業務。
不自然な契約。
関係会社を経由した資金。
さらに、特許についても問題が発覚した。
花園が実質的に関与して設立した会社を通じて、濁川の技術的成果を自分たちの権利として扱っていたことを示す資料が見つかった。
監査は拡大した。
そして最終的に、花園による多額の横領などの不正行為が明らかになった。
警察による捜査も始まる。
ほどなくして――。
花園も背任罪で逮捕された。
◇
長野総合通信局。
「……結果として、濁川の言っていたことは本当だったんですね」
島見が言った。
「全部が正しかったわけではありません」
戸隠が答える。
「濁川は公共設備を妨害した。その事実は消えません」
「でも、花園の不正も本当だった」
「ええ」
戸隠は頷いた。
「そこは別の問題として、明らかになった」
加茂が椅子を回した。
「しかし、今回の事件って、最初は単なる悪質な無線のいたずらだと思っていましたよね」
「そうですね」
「それが、昔の会社の経営破綻から、鉄道システムの特許、横領まで出てくるとは」
「電波そのものは、そこまで教えてくれませんよ」
戸隠が言った。
「電波が教えてくれたのは、どこから出ていたかだけです」
少し間を置く。
「そこから先は、人間が調べる仕事です」
島見が笑った。
「たまにはまともなこと言いますね、戸隠さん」
「私はいつもまともです」
「それはどうでしょう」
加茂が笑う。
戸隠も苦笑した。
◇
数日後。
東新潟高速鉄道は、通常運行を続けていた。
山の下駅も、越後大山台駅も何事もなかったように列車が発着している。
構内放送も正常だった。
415MHz帯のバックアップ回線も、設備の再点検を受けた。
長野総合通信局では、今回の一連の記録が整理され、事件は一つの案件としてまとめられようとしていた。
戸隠は最後に報告書へ目を通す。
そこには、
「異常電波発射源をDEURAS及びDEURAS-M6により特定」
と記されている。
戸隠は静かに頷いた。
「……仕事は仕事ですね」
島見が横から覗き込む。
「何です?」
「いえ」
戸隠は画面を閉じた。
「今回も、電波を見つけただけです」
「でも、その電波からずいぶん大きな話になりました」
「そうですね」
戸隠は椅子に背を預ける。
「まったく、無線というのは妙なところがありますよ」
「妙なところ?」
「電波そのものは目に見えないのに、人間のやったことだけは、妙にはっきり残る」
島見は少し考えてから笑った。
「……それ、報告書に書いたら課長に怒られますよ」
「でしょうね」
戸隠も笑った。
こうして、東新潟高速鉄道をめぐる一連の異常放送事件は幕を閉じた。
きっかけは、駅から突然流れた異常な音声。
そして最後に事件を動かしたのは、目には見えない415MHzの電波だった。




