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鉄路の上の正義と悪意 第3話 415MHzの向こう側

 長野市朝日町。

 長野総合通信局の電波監視室では、戸隠弘明が一人、端末の画面を睨んでいた。

 画面に表示されているのは、無線局監理システム――通称、PARTNER。

 戸隠は検索欄に局名を入力し、東新潟高速鉄道の無線局免許情報を呼び出した。

「……あった」

 局の諸元を確認する。

「415MHz帯。デジタル方式」

 少し離れた机で作業していた島見杏果が振り返った。

「東新潟高速鉄道ですか?」

「そうです」

 島見が戸隠の後ろへ回る。

 画面には無線局の構成と免許情報が表示されている。

「バックアップ回線ですよね」

「ええ。通常は光ファイバー」

「じゃあ、事件の時だけ無線に切り替わった?」

「そこまではまだ分かりません」

 戸隠はマウスを動かした。

「ただ、面白い仕組みですよ」

「面白い?」

「このシステム、単純に音声を電波に乗せているわけじゃない」

 戸隠は資料を確認する。

 目立電気の子会社である目立通信が納入した通信システム。

 415MHz帯のデジタル無線を使い、山の下駅と越後大山台駅を結んでいる。

 その通信の先に、駅の放送設備がある。

「放送を流すためには、単に電波を受信するだけでは駄目です」

「特定のデータフレームが必要?」

「そうです」

 戸隠は頷いた。

「決められた形式のデータフレームを受信して、初めて構内スピーカー側へ音声を出力する」

「じゃあ、誰かが適当な415MHzの電波を出しても、放送にはならない」

「その通り」

 島見が腕を組んだ。

「それなら、かなり難しいんじゃないですか?」

「難しいですね」

 戸隠は少し考えた。

「通信方式も分かっていて、さらに放送設備が要求するデータフレームの構造まで把握していないといけない」

「外部から乗っ取るのは大変そうですね」

「ええ」

 戸隠は画面を見ながら続けた。

「ただ……」

「ただ?」

「有線に割り込むよりは、楽かもしれません」

 島見が首を傾げる。

「無線のほうが?」

「普通に考えれば逆ですよ」

 戸隠は苦笑した。

「でも、鉄道のようなクローズドな有線設備へ侵入するなら、物理的に設備へ接触する必要がある」

「なるほど」

「無線なら、電波が届く場所から通信方式に合わせた信号を送ることができる」

 そこで戸隠は一度言葉を切った。

「もっとも、これはバックドアが仕掛けられていなければの話です」

「バックドア?」

「システム側に、本来の仕様にはない特殊な入口が作られていた場合です」

 島見は画面を見る。

「納入業者が意図的に?」

「そこまでは言ってません」

 戸隠は即座に否定した。

「単純な設計ミス、保守用の機能、古い試験用プログラム。いろいろ考えられます」

「でも、今のところそんなものがある証拠はない」

「ありません」

 戸隠は椅子の背もたれに体を預けた。

「だからといって、今の段階で『無線から侵入された』と決めつけるのは早いが、万が一に備えて対応する必要がある。」

     ◇

 そこへ加茂依斗が入ってきた。

「戸隠さん、新潟から追加資料です」

「ありがとうございます」

 戸隠が受け取る。

「異常放送の録音?」

「はい。越後大山台駅近くの住民が録音したものです」

 戸隠はファイル名を見る。

 発生時刻も記録されている。

「午前十一時十七分……」

「これ、かなり長く録れてますね」

 島見が言った。

「ええ」

 戸隠はファイルのプロパティも確認した。

 録音された時刻と、申告された発生時刻が一致している。

「証拠としてはありがたいですね」

「駅側のログと照合できますか?」

「まずはやってみましょう」

 戸隠は録音データを再生する。

 電波監視室のスピーカーから、駅で実際に流れた異常な音声が聞こえた。

 島見は顔をしかめた。

「……これ、本当に駅で流れたんですよね」

「そうです」

「開業初日に?」

「そうです」

 加茂が言った。

「悪質ですね」

 戸隠は黙って録音を聞いていた。

 そして、音声が終わる。

「……妙だな」

「何がです?」

「音声そのものです」

 島見が戸隠を見る。

「普通のマイクから喋った音声にしては、妙に整っている」

「加工?」

「まだ分かりません」

 戸隠は録音を止めた。

「ただ、駅の放送設備が正常に音声を出力できる形式になっていた可能性は高い」

 加茂が聞く。

「つまり、誰かが駅の放送システムに合わせた音声を送った?」

「可能性の一つです」

 戸隠はPARTNERの画面へ戻った。

「その場合、415MHz帯のバックアップ回線は候補になります」

「でも、事件当時の電波はDEURASで確認できない」

「そう」

 戸隠が頷く。

「DEURASは過去へ遡れません」

 これは電波監視の基本だった。

 事件が起きてから、

「その時間に何が出ていたか」

をDEURASの記録から取り出すことはできない。

「だから、次に同じことが起きるなら……」

 戸隠は画面を見つめた。

「その瞬間に捕まえるしかありません」

 島見が言った。

「再発すると思います?」

「犯人がいるなら、可能性はあります」

「犯人がいなかったら?」

「その場合は、設備自身が何かを起こしている」

 戸隠は椅子を回した。

「どちらにしても、次があれば話が早い」

 加茂が苦笑した。

「電波監視官としては、再発してほしいような、してほしくないような話ですね」

「まったくです」

 戸隠も苦笑する。

 そして、もう一度、PARTNERに表示された415MHz帯の無線局情報へ目を戻した。

 開業したばかりの鉄道。

 新しい通信システム。

 そして、通常は使われないはずのバックアップ回線。

「さて……」

 戸隠が呟く。

「次に何か起きたら、今度は電波を見逃さないようにしましょう」

 その言葉とは裏腹に。

 電波監視室のモニターは、何事もなかったかのように静かなままだった。

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