鉄路の上の正義と悪意 第2話 山の下駅、原因究明
開業初日の午後。
東新潟高速鉄道・山の下駅。
駅そのものは、いつもの営業を続けているように見えた。
しかし、駅舎の一角に設けられた東新潟高速鉄道本社会議室では、重苦しい空気が漂っていた。
会議室の中央に置かれた大型モニターには、駅構内放送設備と通信ネットワークの構成図が表示されている。
その前に座っているのは、東新潟高速鉄道の社長、木戸。
隣には専務の桃山。
そして情報システム部長の河渡。
向かい側には、納入業者である大手強電メーカー・目立電気の子会社、目立通信新潟支社長の花園が座っていた。
「まず、確認させてください」
木戸が口を開いた。
「今回の異常放送は、当社側の操作ではない」
「はい」
河渡が答える。
「少なくとも、確認できる範囲では職員による操作記録はありません」
「自動放送設備の誤動作では?」
桃山が尋ねる。
花園が首を横に振った。
「現時点では、その可能性は低いと考えています」
「低い?」
「放送装置そのものは、異常放送の直後も正常に復帰しています」
花園は資料を示した。
「また、通常の自動放送についてはスケジュールどおり動作しています」
「つまり、機械そのものが完全に暴走したわけではない?」
「はい」
河渡が腕を組む。
「では、どこから音声が入ったんだ」
「そこを調査しています」
花園は次の画面を表示した。
山の下駅を中心とした通信系統。
放送設備。
駅務設備。
そして、越後大山台駅との通信回線。
「山の下駅と越後大山台駅は、通常は光ファイバーで接続されています」
「それは分かっている」
桃山が言う。
「ただし、光回線に障害が発生した場合に備え、バックアップ回線があります」
「415MHz帯の無線ですね」
河渡が言った。
「はい」
花園が頷く。
「固定無線通信です」
木戸が資料を見る。
「今回、それが使われた形跡は?」
「現在、確認中です」
「確認中……」
木戸の声が低くなる。
「開業初日ですよ」
「承知しています」
「それも式典が終わった直後です」
「はい」
「そのタイミングで駅の放送から、あんなものが流れた」
会議室が静かになった。
花園は一度資料を閉じた。
「社長、現時点で申し上げられるのは、放送設備が通常とは異なる音声データを受け取った可能性がある、というところまでです」
「外部から?」
「可能性としては否定できません」
河渡がすぐに反応する。
「外部から無線で侵入された?」
「まだそこまでは」
花園は慎重だった。
「415MHz帯の無線回線が存在するからといって、それが今回の原因だと決まったわけではありません」
「では、他に何が考えられる?」
「設備内部の異常。通信回線の切替異常。制御装置の誤動作。あるいは、何らかの不正操作」
桃山が眉をひそめた。
「不正操作?」
「可能性の一つです」
花園は続けた。
「ただし、現段階では外部から侵入されたという証拠はありません」
◇
河渡が別の資料を出した。
「越後大山台側の記録です」
画面には時系列が表示された。
「山の下駅とほぼ同じ時間帯に、越後大山台でも異常放送が確認されています」
「無人駅なのに?」
桃山が言う。
「はい」
「ということは、山の下駅側から送られた可能性が高い?」
「その可能性はあります」
河渡が頷いた。
「越後大山台には駅員がいません。現場で誰かが放送装置を操作したとは考えにくい」
「二つの駅で同時に起きた」
木戸が呟く。
「偶然の故障とは考えにくいな」
花園は路線図を指差した。
「両駅は約五百メートルしか離れていません」
「近いな」
「はい。通信設備として見ると、山の下駅が制御側、越後大山台が従属側という構成です」
「つまり、山の下駅に何かあれば、越後大山台にも影響する」
「そういうことになります」
木戸は椅子に深く座った。
「では、山の下駅を重点的に調べてください」
「承知しました」
「そして」
木戸が花園を見る。
「原因が外部からのものだった場合、警察にも相談することになる」
「はい」
「それまでに、できるだけ正確な事実関係を出してください」
「分かりました」
◇
その頃、別室では技術担当者たちが設備のログを確認していた。
「これ……」
一人が画面を見つめる。
「何かありました?」
「いや」
別の担当者が覗き込む。
「通信回線の切替記録、見てみて」
「……切替?」
「まだ解析途中だけど、ここに妙な動きがある」
「開業直後だから?」
「それだけじゃない」
二人は黙り込んだ。
ただし、それが異常放送と直接結びつくものなのか。
まだ判断できない。
◇
会議室。
「それから、もう一つ」
花園が言った。
「今回、近隣住民が録音した音声があるそうです」
「録音?」
木戸が顔を上げる。
「はい。越後大山台駅近くの住宅から、異常放送を録音したものです」
「それは重要だ」
河渡が言った。
「発生時刻も分かる?」
「午前十一時十七分頃からとのことです」
桃山が時計を見る。
「かなり正確だな」
「録音ファイルも保存されているそうです」
花園が答える。
「ならば、その音声と設備側の記録を照合しましょう」
木戸が言った。
「はい」
花園が頷いた。
会議室の空気は、少しだけ変わった。
単なる「開業日の放送事故」ではない。
そう考え始めた者が、ここにいる全員だった。
だが、この時点ではまだ、
何が音声を送ったのか。
なぜ二つの駅で同じ現象が起きたのか。
415MHz帯のバックアップ回線は関係しているのか。
その答えは出ていなかった。
そして、原因究明のために保存された一つの録音ファイルが、まもなく長野総合通信局へ届くことになる。




