有閑閑話 『昼行灯電波監視官とお盆』
八月十四日。
あさひ町合同庁舎A棟4階、長野総合通信局無線通信部電波監視課。
世間はお盆休み真っただ中である。
もっとも、総合通信局は官公庁なので閉庁にはならない。
とはいえ、免許申請も少なく、立入検査もなく、不法無線も帰省シーズンのためか比較的静か。
電波監視課も、電話一本鳴らない時間が続いていた。
戸隠弘明はモニタリングルームの椅子にもたれ、無糖のストレートティーを飲んでいた。
「……平和ですね。」
向かいで島見杏果が苦笑する。
「長岡花火の時とは大違いですね。」
加茂依斗も頷いた。
「あの時は徹夜になるかと思いました。」
戸隠は静かに湯飲みを置く。
「忙しい方が仕事としてはありがたいんですが、暇なのも悪くありません。」
「たまには電波も休暇を取るんですね。」
「電波に盆休みはありません。」
「ですよね。」
三人が笑う。
◇
話題は自然と夏休みの出来事へ移っていった。
「そういえば島見さん。」
加茂が尋ねる。
「月初めに休暇取ってましたよね。」
「ああ、あれ?」
島見はため息をついた。
「本当は休む予定じゃなかったんだけどね。」
「急遽です。」
「何かあったんですか?」
戸隠も興味を示した。
島見は苦笑いを浮かべる。
「後輩から電話が掛かってきまして。」
「新潟中央女子学園高等部ハム部の木崎湖合宿です。」
「へぇ。」
「OGの白根彩鼓が運転担当だったんですよ。」
戸隠が嫌な予感しかしないという顔をする。
「……それで?」
「酷かったんです。一言で言うと。」
加茂が吹き出す。
「そんなに?」
「後続の月潟財閥のワンボックス車に乗ってた真宵ちゃんから『先輩、桜ちゃんが彩鼓先輩の車に乗っているんですが、助けてください』って電話が来まして。」
「よほどだったんですね。」
「ええ。」
島見は遠い目になった。
「急遽、私の所に月潟財閥からタクシーが来て現地へ向かいました。」
「えっ、本当に?」
「本当に。」
「木崎湖まで?」
「ううん。途中の道の駅中条まで。そこから代行して運転して…。」
戸隠が苦笑する。
「それはご苦労さまでした。」
「彩鼓は無線の腕前は一級品なんですけどね。」
「運転は別問題でした。」
「その後どうなったんです?」
「帰りは私が新潟まで助手席に乗り、徹底的に指導して少しはマトモになりました。」
「納得です。」
加茂が笑った。
◇
その時だった。
「諸君。」
課長室から新津伸一が出てきた。
「はい。」
三人が振り向く。
新津は真顔で言った。
「お盆と言えば。」
一拍置く。
「龍角散。」
……
……
……
静寂。
空調の音だけが聞こえる。
戸隠はゆっくりと立ち上がった。
「課長。」
「なんだ。」
「つまんないんで。」
「はい。」
「アイスを三人に奢ってください。」
一瞬。
新津の表情が固まる。
「え?」
「課長が寒くしたので。」
「冷たい物が欲しくなりました。」
島見が吹き出した。
「戸隠さん、上手い!」
加茂も笑いを堪えられない。
「課長、責任取ってください。」
新津は頭をかいた。
「……そんなに駄目だったか。」
「はい。」
三人が声を揃えた。
◇
二十分後。
庁舎一階の売店。
新津が財布を取り出す。
「好きなの選べ。」
「ありがとうございます!」
島見は迷わずソーダ味のアイスバー。
加茂はチョコモナカ。
戸隠は宇治金時のカップアイスを手に取った。
「課長は?」
島見が尋ねる。
新津は少し考えてから、
「龍角散味があればな。」
と言った。
戸隠は間髪入れずに返す。
「もう一回奢ります?」
島見と加茂は腹を抱えて笑った。
新津は苦笑しながら首を振る。
「いや、それは勘弁してくれ。」
お盆の午後。
電波監視課は今日も平和だった。




