有閑閑話 『昼行灯電波監視官と信濃町のとうもろこし』
日曜日と山の日に挟まれた月曜日の午後。
長野総合通信局無線通信部電波監視課は、いつものように妙に静かだった。
戸隠弘明はモニタを眺めながら、ストレートティーをすすっていた。
「……そういえば。」
課長の新津伸一が、唐突に口を開いた。
「長野総合通信局に昔いた中林さん、知っているか?」
戸隠が振り返る。
「中林さん……ああ、ここで採用されて本省へ行った方ですか。」
「そう。その中林さんの実家が信濃町で、とうもろこし農園をやっているんだ。」
島見杏果が顔を上げる。
「とうもろこし農園?」
「そう。あそこは美味いんだよ……」
新津は、やけに力を込めて言った。
「特に朝採りがな。」
「そんなに違うんですか?」
島見が聞く。
「違う。」
新津は即答した。
「採ってすぐのとうもろこしは甘い。時間が経つと糖分が減っていくからな。」
戸隠が腕を組む。
「課長。」
「なんだ。」
「宣伝ですか?」
「情報提供だ。」
「まぁ…どちらでもいいですけど、場所は?」
新津は農園の名前と場所をを教えた。
信濃町の柏原から戸隠神社へ抜ける県道…地元の人が『もろこし街道』と称している中でも一番奥にあり、その昔は環境保護活動に力を入れていた外国人文筆家の自宅も隣接地にあるというところである。
「ただしな。」
「はい。」
「人気だから、休日はかなり混むぞ。」
島見がスマートフォンを取り出した。
「調べてみます。」
数秒後。
「……本当だ。」
「何か書いてあるか?」
「朝早くから行列になるみたいです。」
戸隠が窓の外を見る。
「……これは行くしかないですね。」
「戸隠さん、車は?」
「コムスです。」
島見が黙る。
加茂も黙る。
「何ですか、その沈黙。」
「信濃町までコムスで往復するんですか?」
島見が恐る恐る聞いた。
「……。」
戸隠も考え込む。
「無理ではないですが、ツラいですね。」
「即答した。」
「山道もありますから。」
加茂が笑った。
「じゃあ私のアルトで行きます?」
島見が言う。
「いいんですか?」
「はい。せっかくなので。」
「では、明日。」
戸隠は即決した。
「加茂も連れていきましょう。」
「なんで私まで。」
「運転の交代要員です。」
「島見さんが運転するんですよね?」
「もちろん。」
「じゃあ私、何のために……。」
「とうもろこしを買うためです。」
「それは分かりますけど。」
◇
翌日、山の日。朝7時30分。
長野市大豆島。
「おはようございます。」
スズキ・アルトが戸隠宅の前に停まった。
運転席から島見が顔を出す。
助手席には加茂。
「おはようございます。」
戸隠は玄関から出てくると、小型クーラーボックスを持ってきた。
「準備万端ですね。」
「とうもろこしを甘く保つためです。」
「妙に詳しいですね。」
「昨日、調べました。」
三人を乗せたアルトは、信濃町方面へ向かった。
◇
午前8時50分。
中林農園に到着。
「……え?」
島見が声を上げた。
広い駐車場が見えている。
農園側で用意した駐車スペースは、ざっと100台ほど。
その大部分が、すでに埋まっており、文筆家の自宅に隣接した林間駐車場に誘導された。
「まだ9時前ですよ?」
加茂も驚く。
「課長の言った通りですね。」
戸隠は感心したように眺めた。
「人気なんだな……。」
駐車場にアルトを停める。
その時点ですでに、販売所の前には長い列ができていた。
子ども連れの家族。
大きな保冷バッグを持った夫婦。
クーラーボックスを抱えた人。
見るからに常連と思われる人までいる。
「すごい……。」
島見が列の最後尾へ向かう。
「これは販売窓口に行くまでも大変そうですね。」
「並びましょう。」
戸隠は淡々としていた。
◇
1時間近く並んで、ようやく販売所へ。
「何本にします?」
島見が2人へ尋ねる。
「私は10本。」
加茂が即答した。
「実家に送る分も欲しいので。」
「私も10本。」
島見も答える。
「同じく実家に持って帰ります。」
戸隠が少し考える。
「私は5本で。」
「少ないですね。」
「一人暮らしですから。」
「食べきれます?」
「三本くらいなら。」
こうして、
島見――10本。
加茂――10本。
戸隠――5本。
合計25本。
ずっしりとしたとうもろこしが、それぞれの手元へ渡った。
戸隠はその重さを確かめる。
「……5本でも結構ありますね。」
「美味しいから、すぐなくなりますよ。」
島見が笑う。
◇
農園の一角では、焼きとうもろこしも販売されていた。
香ばしい匂いが漂ってくる。
戸隠が立ち止まった。
「……。」
「戸隠さん?」
「二人とも。」
「はい?」
「焼きとうもろこし、食べますか。」
島見と加茂が顔を見合わせる。
「いいんですか?」
「ええ。」
戸隠は財布を出した。
「今日は車を出してもらいましたから。」
「じゃあ遠慮なく。」
三人分の焼きとうもろこしを購入する。
炭火で焼かれたとうもろこしを受け取ると、戸隠は一口かじった。
「……甘い。」
島見もかじる。
「本当だ。」
加茂も目を丸くした。
「これは美味しいですね。」
「課長が薦めるだけあります。」
「中林さんの実家、恐るべし。」
戸隠は満足そうにもう一口かじった。
◇
帰りのアルト。
後部座席には、とうもろこしの入った袋とクーラーボックス。
島見が運転し、加茂が助手席に座る。
戸隠は後部座席で、購入した5本を入れた小型クーラーボックスを大事そうに抱えていた。
「戸隠さん。」
「はい。」
「ガソリン代、割り勘でいいですよ。」
「いや。」
戸隠は首を振った。
「今日は私の用事に付き合ってもらいましたから。」
「でも……。」
「ガソリン代は私が負担します。」
「本当に?」
「それと。」
戸隠は2人を見る。
「焼きとうもろこしも私の奢りです。」
「十分ですって。」
「いえ。」
戸隠は窓の外へ目を向けた。
「課長から教えてもらった情報を、一人で楽しむのも何ですから。」
島見が笑った。
「じゃあ、また課長に美味しいところ教えてもらわないと。」
加茂も頷く。
「次は何でしょうね。」
「それが怖いんですよ。」
戸隠が苦笑する。
長野の山あいを、アルトがゆっくり走っていく。
後部座席には、朝採れのとうもろこし。
そして戸隠の頭の中には、帰宅後にどうやって食べるかという問題が浮かんでいた。
「……5本のうち2本は風間市子さんに差し上げで、1本は茹でるか。」
「残りは?」
島見が尋ねる。
「焼いて、残り1本は削いで炊き込みご飯にします。」
「また?」
「とうもろこしは焼くのが一番うまいですし、これだけの糖度ならしょう油を少し入れて炊いて、炊き上がったらバターを乗せて食べれば、おかすは要らないと思いますよ。」
「それ、美味しそうですが、絶対にカロリーが高いやつ!」
「高カロリーの物は大体旨い…これは摂理です」
アルトの車内に笑い声が広がった。
休日の電波監視官たちは、仕事とはまったく関係のないところで、朝から信濃町まで小さな遠征をしていた。
タイアップもなんもしてませんが、モデルになった農園は毎年行ってますが…どんどんデカくなっています…(笑)
絡ませるため、農園主一族に関係者がいる設定にしておりますが、こんなニッチな役所の人は早々いないでしょ(笑)
実はこれほぼ実話で、開店する9時前に着いたのですが、この話1本書ける位の時間(約1時間以上)炎天下の中並びました(苦笑)
1人だとトイレ行く時の要員がいないですし、日傘と水分は必須。
楽○モバイルは繋がりにくいです。




