謎の電波障害 第4話 『混信の真犯人』
15時過ぎ。
新潟市西区青山。
住宅街の一角にある黒鳥宅へ、長野総合通信局の公用車が到着した。
「暑い中、ご苦労さまです。」
出迎えた黒鳥は七十代前半。
長年オーディオを趣味としてきたことが一目で分かる穏やかな男性だった。
「お邪魔します。」
三人は二階のオーディオルームへ案内される。
大型スピーカーに真空管アンプ、レコードプレーヤー。
棚にはクラシックやジャズのLPレコードが整然と並んでいる。
「これが普段聴いているシステムです。」
黒鳥が少し照れたように笑う。
「音は気に入っているんですが、時々無線が入るんですよ。」
戸隠は部屋をゆっくり見回した。
アンプ。
ラック。
配線。
そして壁。
そこで足を止めた。
東側の壁面。
左右上部に取り付けられたスピーカーへ向かって、それぞれ一本ずつオーディオケーブルが張られている。
長さはおよそ七メートル。
左右合わせて二本。
戸隠はしばらく無言で見上げた。
島見が小声で尋ねる。
「戸隠さん?」
「……なるほど。」
その一言だけだった。
加茂には、まだ何が見えたのか分からない。
戸隠は携帯電話を取り出す。
「試験を始めます。」
電話の相手は亀田宗一だった。
『はい、亀田です。』
「戸隠です。」
「お願いしていた試験送信をお願いします。」
『承知しました。』
「二十一メガヘルツ帯、SSB、百ワット、三エレメント八木を西向きですね。」
「はい。その条件でお願いします。」
『試験電波を送信します。』
電話を切る。
部屋は静まり返った。
数十秒後。
スピーカーから、
ザッ……
というノイズに続いて、人の声が飛び込んできた。
『本日は晴天なり。本日は晴天なり。こちらはJA0QSY。試電波の発射中。』
黒鳥が顔をしかめる。
「これです!」
「いつもこのように聞こえるんです。」
戸隠はスピーカーではなく、東側壁面へ歩み寄った。
七メートルほどある左右のスピーカーケーブルを見上げる。
「島見さん。」
「はい。」
「左右のスピーカーケーブルを、壁から一旦外して床へ降ろしてください。」
「分かりました。」
島見が慎重に固定具を外していく。
左右とも約七メートル。
高い位置に張られていたケーブルが床へ降ろされた。
戸隠は続ける。
「できるだけ左右を寄せ、余分な部分は緩くまとめてください。」
加茂も手伝う。
数分で配線は仮設状態になった。
戸隠は再び電話を掛けた。
「もう一度、同じ条件で試験送信をお願いします。」
『了解しました。』
数十秒後。
『本日は晴天なり。本日は晴天なり。こちらはJA0QSY。試電波の発射中。』
三人は耳を澄ませた。
部屋は静かだった。
ごく僅かなノイズが聞こえるだけで、先ほどのような明瞭な音声は聞こえない。
黒鳥が驚いた。
「消えた……。」
加茂も思わず声を上げる。
「本当に。」
戸隠は東側壁面を見上げた。
「原因は、このスピーカーケーブルです。」
黒鳥が目を丸くする。
「ケーブルですか?」
「はい。」
「左右それぞれ約7メートルあります。」
「21メガヘルツ帯の電波に対して、この長さと壁面への張り方が、高周波を拾いやすい条件になっていました。」
島見も頷く。
「アンテナのような働きをしてしまったんですね。」
「そのとおりです。」
戸隠は続ける。
「拾った高周波がアンプ入力部で検波され、無線の音声がオーディオの音声としてスピーカーから再生されていました。」
黒鳥は何度も壁とケーブルを見比べた。
「そんなことが……。」
「高周波では珍しい現象ではありません。」
「送信局に問題があるとは限らないんです。」
黒鳥は深く頭を下げた。
「疑っていたのは送信している人でした。」
「申し訳ないことをしました。」
戸隠は静かに首を振る。
「原因が分からなければ、そう考えるのも無理はありません。」
「ケーブルの取り回しを見直し、必要に応じてフェライトコアを取り付ければ、さらに改善するでしょう。」
「ありがとうございます。」
黒鳥は安堵したように笑った。
◇
戸隠は玄関を出ると、携帯電話を取り出した。
亀田へ電話を掛ける。
『はい、亀田です。』
「戸隠です。」
「ご協力ありがとうございました。」
『結果はいかがでしたか。』
「原因が判明しました。」
「送信設備には異常は認められませんでした。」
電話の向こうで、宗一が小さく息を吐く気配がした。
『そうですか。安心しました。』
「障害は受信側のオーディオ配線が高周波を受けて発生したものでした。詳しい場所などは申し上げられませんが、送信設備に改善をお願いする事項はありません。」
『承知しました。原因がはっきりしたなら何よりです。』
「本日はご協力、ありがとうございました。」
「こちらこそ。」
電話が切れる。
加茂が助手席へ乗り込みながら言った。
「やっぱり、個人情報は最後まで伏せるんですね。」
戸隠はエンジンを始動させながら頷いた。
「申告者も、調査対象となった無線局も、どちらも守るべき情報です。」
「私たちは、その間に立って原因だけを究明する。」
島見が笑った。
「それが電波監視官ですもんね。」
戸隠も珍しく笑みを浮かべた。
「違反者を作るのが仕事じゃない。」
「電波障害を解決するのが仕事だからな。…さて、宿に入ったら二人共バスセンターまで行くか?カレー位なら奢るぞ!」
夕暮れの新潟市街を後に、公用車は新潟駅南口近くの定宿へ向かうのだった。




