謎の電波障害 第3話 1kWの証明
木曜日、13時。
新潟市東区下山。
県道沿いに建つカメダコミュニケーション株式会社の前へ、長野総合通信局の公用車が静かに停まった。
出迎えたのは社長の亀田宗一だった。
五十代後半。
日に焼けた顔に穏やかな笑みを浮かべる。
「ようこそお越しくださいました。」
戸隠弘明は名刺を差し出した。
「長野総合通信局電波監視課の戸隠です。」
「島見です。」
「加茂です。」
「亀田です。本日はよろしくお願いします。」
名刺交換を終えると、宗一は3人を3階の無線室へ案内した。
◇
扉を開けた加茂は思わず息を呑んだ。
「……すごい。」
壁際には測定器が整然と並び、机の中央には最新鋭の短波無線機。
安定化電源、SWR計、ダミーロード、周辺機器が機能的に配置され、通信機ディーラーらしい無線室だった。
宗一は無線機へ手を添えた。
「普段使っている送信機です。」
戸隠が型式銘板を見る。
「アイコンのフラッグシップモデルですね。」
「ええ。」
宗一は頷く。
「エキサイターとして使っています。」
続いて机の脇のラックを指差した。
大型の真空管式リニアアンプが収められている。
加茂が目を丸くした。
「一キロワット対応……。」
「はい。」
宗一は笑顔で答えた。
「免許設備です。」
そう言って無線局免許状を差し出す。
島見が内容を確認した。
送信設備の欄には、増力装置を含めた設備が適法に記載されている。
宗一が説明する。
「私は第一級アマチュア無線技士です。」
「この設備については総合通信局の検査を受け、増力装置を含めて免許を受けています。」
加茂が少し恥ずかしそうに言った。
「一キロワットの設備って、持っているだけで違反なのかと思っていました。」
宗一は笑った。
「そう誤解されることは少なくありません。」
戸隠が補足する。
「設備そのものは合法です。」
「第一級アマチュア無線技士が、総合通信局の検査を受けて免許を受ければ、一キロワットまで運用できます。」
「問題になるのは、免許内容を超えて運用した場合です。」
「その確認をするのが今回の調査です。」
「そのとおりです。」
宗一は迷いなく答えた。
「だから、設備は何でもご覧ください。」
◇
宗一は無線日誌を机へ広げた。
「問題になっている日時ですが。」
七月八日。
七月十日。
七月十二日。
黒鳥から送られてきた録音データのタイムスタンプと一致する日時が並ぶ。
「この時間帯は二十一メガヘルツ帯です。」
「電波型式はSSB。」
「送信出力は百ワット。」
「リニアアンプは使用していません。」
島見が尋ねる。
「アンテナは。」
「二十一メガ専用三エレメント八木です。」
「ローテーターで西へ向けていました。」
窓の外には鉄塔が立ち、その頂部で三エレメント八木アンテナがゆっくり風を受けている。
宗一はローテーターの表示器を示した。
「当日の記録でも方位は西です。」
「国内局との交信でした。」
「ログも残しています。」
戸隠は日誌を静かにめくっていく。
時刻。
周波数。
送信出力。
アンテナ。
記録は実に几帳面だった。
そして、窓の外のアンテナへ視線を移す。
数秒間、何も言わない。
島見が小声で声を掛けた。
「戸隠さん?」
戸隠はアンテナを見たまま答えない。
宗一も様子を窺う。
「何か気になる点でもありましたか。」
戸隠は我に返ったように振り向いた。
「……一つだけ、確認したいことがあります。」
◇
戸隠は携帯電話を取り出した。
電話帳から申告者・黒鳥の番号を選ぶ。
『はい、黒鳥です。』
「長野総合通信局の戸隠です。」
『どうも。』
「突然で恐縮ですが、本日このあと一時間ほどでお伺いしてもよろしいでしょうか。」
『ええ、大丈夫ですよ。』
「ありがとうございます。」
「恐れ入りますが、オーディオや配線などは普段お使いのまま、何も触らずお待ちいただけますでしょうか。」
『分かりました。そのままにしておきます。』
「よろしくお願いいたします。」
電話を切る。
加茂が尋ねた。
「何か分かったんですか。」
戸隠は静かに首を振る。
「まだ仮説です。」
「現物を見れば答えが出ます。」
◇
戸隠は宗一へ向き直った。
「亀田さん。」
「はい。」
「もう一点、ご協力をお願いします。」
「もちろんです。」
「後ほど私の携帯電話からご連絡します。」
「その合図で、問題となった日時と同じ条件で試験送信をお願いできますか。」
宗一はすぐに頷いた。
「二十一メガヘルツ帯。」
「SSB。」
「送信出力百ワット。」
「二十一メガ三エレメント八木を西向き。」
「その条件ですね。」
「はい。」
「試験電波であることを明示して送信します。」
「数十秒で結構です。」
「承知しました。」
宗一は少し考えてから尋ねた。
「ちなみに、障害はどちらで発生しているのでしょうか。」
戸隠は穏やかな表情のまま首を横に振った。
「申し訳ありません。」
「申告者に関する情報は、個人情報保護の観点からお伝えできません。」
「ああ、そうでした。」
宗一はすぐに納得したように笑う。
「監督官庁ですものね。」
「場所が分からなくても、指定された条件で送信すればよろしいんですね。」
「はい。それで十分です。」
宗一は深く頷いた。
「私は法令どおり運用しているつもりです。」
「ですから、必要な試験には喜んで協力します。」
その口調には迷いも動揺もない。
長年、適法運用を続けてきた無線家としての自信が感じられた。
戸隠は一礼した。
「ありがとうございます。」
「原因を明らかにすることが私たちの仕事です。」
「よろしくお願いします。」
宗一は三人を玄関まで見送った。
公用車が走り出す。
助手席の島見が静かに尋ねる。
「戸隠さん、本当に何か気付いたんですか。」
戸隠は前方を見たまま、小さく頷いた。
「もし私の考えが正しければ。」
「原因は亀田さんの送信設備ではありません。」
加茂が驚いて振り向く。
「えっ?」
「答えは、申告者のお宅にあります。」
その一言だけを残し、公用車は新潟市西区青山へ向かって走り続けた。




