「27.005MHzの男」 第5話『6月1日、東御市』
2026年6月1日。
朝。
上田市大屋。
国道18号沿い。
米国薬局大屋店駐車場。
覆面パトカーの車内で、名立は助手席の受信機を調整していた。
ローデ・シュワルツ製PR-200。
簡易スペアナ表示。
その横には、 短いヘリカルホイップアンテナ。
県警の運転員が煙草を咥えながら訊く。
「そんな小さいアンテナで分かるんですか」
「近距離なら十分です」
名立は画面を見たまま答える。
「今日は“近くを通る”んで」
時計は8時58分。
国道18号を大型車が流れていく。
その時。
ザーッ……
『……上田出たー』
受信機から男の声。
同時にPR-200のレベルが跳ねた。
名立が即座にIPトランシーバーを取る。
「こちら名立。対象波受信。上田市街通過中」
無線の向こうで戸隠の声。
『了解』
数分後。
銀色の平ボディ。
例の大型車だった。
通信しながら走っている。
『今日空いてんなー』
名立は即座に双眼鏡を向ける。
運転席。
帽子。
右手動作。
口元。
そして。
助手席空席。
「……単独確認」
名立が低く呟く。
「対象車両、大屋通過。通信をしながら小諸方向移動中。」
覆面パトカーが静かに発進した。
◇
東御市田中。
上田警察署東御幹部交番。
戸隠と島見、そして加茂が待機していた。
交番前にはパトカー。
私服警察官。
空気は妙に静かだった。
加茂が少し緊張した顔で訊く。
「今日……なんですよね」
「ええ」
戸隠は淡々としていた。
「今日は止めます」
その時。
警察無線。
『対象、大屋通過。追走開始』
島見が地図を見る。
「来ますね」
戸隠は受信機の音量を上げた。
ザーッ……
『……田中抜けるぞー』
同時に。
方探反応。
受信レベル上昇。
交番前を銀色の大型車が通過する。
戸隠が即座に確認する。
「単独」
島見。
「送信継続確認」
名立。
『右手動作確認』
全部揃った。
戸隠が短く言う。
「行きます」
◇
赤色灯。
サイレン。
パトカーが前へ出る。
「前の大型車、左へ寄せて停止してください」
銀色の平ボディがゆっくり減速する。
路肩停止。
雨上がりの国道。
大型車のエアブレーキ音が響いた。
運転席の男。
八千穂辰男。
五十二歳。
帽子の奥の目が、 少しだけ細くなる。
「……なんだ?」
県警警察官が運転席へ向かう。
「無線関係の確認です。エンジン停止お願いします」
八千穂は露骨に嫌そうな顔をした。
「違法なもんなんか積んでねぇよ」
戸隠が助手席側へ回る。
車内。
センター下。
毛布で半分隠された無線機。
さらに。
座席裏。
外部リニアアンプ。
改造電源。
周波数メモ。
戸隠は静かに言った。
「確認します」
八千穂が顔をしかめる。
「知らねぇな」
「27.005MHz、継続運用確認済みです」
「俺じゃねぇよ」
「本日9時02分、大屋付近送信」
戸隠は淡々と続ける。
「9時11分、東御市田中付近送信」
「方探一致」
「車両一致」
「単独乗車確認」
「送信時右手動作確認」
八千穂は黙る。
さらに。
名立が録画映像を開く。
運転席。
マイク。
口元。
送信瞬間。
八千穂の目が少し動いた。
「……」
戸隠が最後に言った。
「2024年から継続監視しています」
沈黙。
国道18号を大型車が通り過ぎていく。
やがて。
八千穂が小さく息を吐いた。
「……ああ」
観念したようだった。
「今日は電波の日だからだろ?」
戸隠は少しだけ肩をすくめた。
「たまたまですよ」
「ウソつけ」
八千穂が苦笑する。
「最近やたらチョロチョロしてたしな」
「気付いてましたか」
「誰か追ってんのは分かってた」
八千穂は車内を見る。
「でも、お前らの名前までは知らなかった」
戸隠は静かに答えた。
「こちらは毎日見てました」
◇
夕方。
長野総合通信局。
監視室。
加茂が大量の書類を抱えて歩いている。
「押収品一覧これでいいですか!?」
「そこ写真番号入れて」
名立が疲れた顔で答える。
島見は受信記録を整理していた。
戸隠は報告書を打ち終え、 静かに椅子にもたれた。
窓の外。
初夏の夕方。
受信機からノイズ。
ザーッ……
そして。
『信州急行さん捕まったらしいぞ』
別の声。
『マジかよ』
『電波の日にやられたって?』
笑い声。
『捕まるなんてザコいなぁ』
ザーッ……
通信は遠ざかっていく。
名立が苦笑した。
「軽いもんですねぇ」
戸隠は窓の外を見る。
国道の向こうへ沈む夕日。
そして静かに言った。
「……電波は、消えませんから」
受信機のノイズだけが、 監視室に静かに残っていた。




