「27.005MHzの男」第4話『長野県警本部にて』
2026年4月初頭。
長野県警察本部。
生活安全部の会議室。
机の上には大量の資料が積み上がっていた。
受信ログ。
方探記録。
車両写真。
走行ルート図。
DEURAS出力一覧。
そして、 時系列で整理された監視記録。
戸隠は資料をめくりながら説明していた。
「対象は上田市秋和在住、八千穂辰男。個人運送業」
県警側の刑事たちは黙って聞いている。
「2024年より継続監視。27.005MHzにおける広域運用を確認」
戸隠は次の写真を出した。
「運用車両はこの大型貨物車」
銀色の平ボディ。
例の車だった。
「東御、小諸、佐久平周辺において継続受信。電界強度から高出力運用が疑われます」
生活安全課の刑事が腕を組む。
「違法運用そのものは、まぁほぼ間違いないんでしょうけど」
「はい」
「問題はそこじゃない」
刑事は資料を軽く叩いた。
「本人運用の立証です」
会議室が静かになる。
戸隠は淡々としていた。
「単独乗車状況、送信タイミング、方探一致は継続確認しています」
「ですが決定打に欠ける」
別の刑事が口を開いた。
「現状、この資料だけでは家宅捜索差押令状を地裁が発給するか厳しいです」
名立が僅かに眉を動かす。
「ここまで積んでもですか」
「車両所有者と送信者が同一とは限らない」
刑事は冷静だった。
「助手席同乗者の可能性を完全に潰せていない」
「車内機器の現認も未了」
「送信操作の鮮明記録も弱い」
会議室に重い空気が流れる。
加茂は少し悔しそうな顔をしていた。
「でも毎日同じ車が……」
「分かっています」
刑事は遮らず答えた。
「だからこそ慎重なんです」
戸隠はしばらく黙っていた。
そして資料を閉じる。
「……では」
県警側が顔を上げる。
「共同取締はどうでしょう」
「共同?」
「上田警察署東御幹部交番若しくは近隣施設を引き込みに使います」
戸隠は国道18号の地図を机に広げた。
「対象車両は国道18号を上田から佐久へ毎日ほぼ同時間帯に移動しています」
指が国道をなぞる。
「上田市の大屋交番付近で当局職員が違法送信確認後に情報を引込み現場に投入」
さらに西側を指す。
「上田警察署大屋交番から当局職員が警察車両に同乗し、対象車両を追走」
刑事が少し顔をしかめた。
「現認停止ですか」
「はい」
「送信瞬間」
「単独乗車」
「車内状況」
「方探一致」
それらを同時成立させる。
戸隠は静かに続けた。
「停止時現認なら、車内無線機器の確認にも繋げられます」
県警側はすぐには返事をしなかった。
資料をめくる音だけが響く。
やがて生活安全課の刑事が深く息を吐いた。
「……上田署との調整は必要ですね。ただ、東御幹部交番では容積的に辛い感じがするので、廃ぱちんこ屋の敷地を借りるか…」
「はい」
「正直、かなり手間です」
名立が心の中で「今さらかよ」とでも言いたげな顔をしたが、口には出さなかった。
刑事は続ける。
「ただ」
机の資料を見る。
「ここまで積んでる案件を放置もしづらい」
さらに沈黙。
やがて。
「……分かりました」
戸隠が顔を上げる。
「上田警察署と調整の上、共同取締方向で進めましょう」
加茂が思わず少し前のめりになる。
だが戸隠は表情を変えなかった。
「ありがとうございます」
「ただし」
刑事の声が低くなる。
「失敗すると次はありません」
「承知しています」
「確実にやってください」
戸隠は静かに頷いた。
◇
会議終了後。
県警本部廊下。
名立が小声で言った。
「ようやくですね……」
「まだ内諾です」
戸隠は淡々としていた。
「ここから調整です」
「でも一歩前進ですよ」
加茂は少し嬉しそうだった。
「まぁな」
名立が苦笑する。
「一年以上やって、やっと“止める相談”だからな」
その時。
戸隠の携帯型受信機からノイズ。
ザーッ……
『……小諸混んでんなぁ』
あの声だった。
県警本部の駐車場。
遠く離れた国道18号から、 今日も27.005MHzが飛んでくる。
戸隠は受信記録を保存した。
「……相変わらずですね」
名立が呆れ半分で笑う。
「向こうは普通に仕事してるつもりなんでしょうね」
戸隠は空を見上げた。
春先の長野は、 まだ少し寒かった。




