「27.005MHzの男」 第3話『27メガの時代』
2026年1月中旬。
東御市田中。
朝から雪混じりの雨だった。
国道18号を大型車が鈍い水音を立てながら走っていく。
米国薬局田中店の駐車場。
白い監視車両の窓は暖房で少し曇っていた。
受信機からノイズ。
ザーッ……
『……小諸滑るぞー』
男の声。
名立が即座に時刻を書く。
「10時43分。27.005受信」
戸隠は双眼鏡を上げる。
銀色の平ボディ。
例の大型車だった。
「いました」
大型車は水煙を上げながら国道を走る。
戸隠は運転席を見る。
だが。
「……また低いですね」
「マイクですか」
「ええ」
以前より明らかに位置が低い。
窓下に隠している。
送信時間も短い。
『佐久向かうー』
ブツッ。
切れる。
名立が眉をしかめた。
「前より露骨に警戒してません?」
「してますね」
「やっぱ勘付いたか」
戸隠は双眼鏡を下ろした。
「“見られている”くらいは分かってるでしょう」
大型車はそのまま小諸方面へ消えていく。
残ったのは、 タイヤが巻き上げた薄い霧だけだった。
◇
午後。
長野総合通信局。
監視室。
戸隠はDEURASのログを比較していた。
モニターには受信強度のグラフ。
以前より微妙に低い日がある。
「……出力も落としてるな」
島見が後ろから覗き込む。
「逃げてるんですかね」
「様子見でしょうね」
戸隠は画面を切り替えた。
受信回数。
以前より減っている。
だがゼロにはならない。
「止める気はないんですね」
「完全に止める人なら、とっくに消えてます」
戸隠は淡々としていた。
「長年やってる人です。たぶん生活の一部なんでしょう」
その時。
監視室の受信機から、 別の声が飛び込んできた。
『信州急行さん今日静かだなぁ』
別の男の声。
さらに。
『最近パトロール多いらしいぞ』
笑い声。
ザーッ……
名立が顔を上げた。
「グループ内で話出てますね」
「ですね」
戸隠は録音ボタンを押した。
『だから短くやってんだろ』
『例の白い車いたって話もあるしな』
そこで送信は切れた。
監視室が静かになる。
島見が苦笑した。
「完全に警戒されてるじゃないですか」
「ええ」
戸隠はモニターを見たまま言った。
「ただ、やめない」
「ですねぇ」
「そこがこの人の特徴です」
◇
夕方。
東御市滋野。
国道18号沿い。
監視車両は路肩に停車していた。
雪は止みかけている。
受信機からノイズ。
ザーッ……
『……佐久着くぞー』
また八千穂の声。
戸隠は即座に双眼鏡を向けた。
銀色の平ボディ。
しかし。
「……見えない」
フロント上部のオーロラフィルムが、 夕方の西日を乱反射していた。
運転席が完全に潰れる。
名立が舌打ちする。
「クソ……」
しかも。
今回は助手席側の影が見えた。
「同乗者……?」
「断定できません」
「でも一人かもしれない」
「ええ」
戸隠は双眼鏡を下ろした。
「だから止められない」
大型車は夕暮れの国道を走り去る。
名立が深く息を吐いた。
「毎日見てるのに、全然近付いてる感じしませんね」
戸隠は少し考えてから答えた。
「逆ですよ」
「え?」
「向こうも、こちらを見始めてます」
◇
夜。
長野総合通信局。
新津課長は受信ログを見ながら言った。
「警戒されたな」
「はい」
戸隠が答える。
「送信時間短縮。出力調整。マイク位置変更」
「慣れてる」
「ええ」
新津は腕を組んだ。
「雑に止めるなよ」
「分かっています」
「こういうのは、最後に焦った方が負ける」
戸隠は静かに頷いた。
監視室の受信機から、 再びノイズが流れる。
ザーッ……
だが。
今夜の27.005MHzは、 妙に静かだった。




