「27.005MHzの男」第2話『運転手は誰だ』
2025年5月。
朝から薄曇りだった。
東御市和。
国道18号沿いのコンビニ駐車場。
白い監視車両の中で、名立は紙コップのコーヒーを飲みながら欠伸を噛み殺した。
「毎日同じ時間ですねぇ……」
助手席の戸隠は双眼鏡を下ろさない。
「物流は正直ですから」
無線受信機から微かなノイズ。
ザーッ……
そして。
『……上田出たー』
男の声。
名立が時刻を書き込む。
「9時11分。27.005メガ受信」
戸隠は国道を見る。
大型車が流れていく。
雨上がりの道路を、水しぶきが細く跳ねる。
そして。
「あ」
銀色の平ボディ。
例の大型車だった。
戸隠は双眼鏡を向ける。
運転席。
帽子。
サングラス。
そしてフロントガラス上部のオーロラフィルム。
外光を乱反射し、車内が潰れる。
「……やっぱり見えませんね」
「運転手の顔、ほぼ死にますねこれ」
名立がぼやく。
受信機から再び声。
『小諸混んでるかー?』
確実に送信している。
だが。
マイク保持が見えない。
助手席も見えない。
車両はそのまま佐久方面へ走り去っていった。
「ここまでやっといて合法ってのも、なんか腹立ちますね」
名立が言う。
「可視光透過率は通してるんでしょう」
「でも見えない」
「ええ」
戸隠は淡々としていた。
「だから使ってるんでしょうね」
◇
昼。
小諸警察署。
交通課横の小会議室。
長野県警側との情報共有だった。
県警側は二人。
生活安全課の刑事と、交通課員。
机の上には監視写真と受信ログが並んでいる。
生活安全課の刑事が腕を組んだ。
「車両はほぼ間違いないんですよね」
「はい」
戸隠が答える。
「周波数固定。移動経路固定。出力超過も継続確認済みです」
「ただ」
刑事が写真を指で叩いた。
「運転者本人の立証が弱い」
名立が眉をしかめる。
「毎日一人で乗ってるようにしか見えませんけど」
「“ように見える”じゃ弱いんです」
刑事は冷静だった。
「家族や同業者が乗る可能性もある。同乗者送信の可能性もある」
「でも実際――」
「裁判所から家宅捜索差押令状が出るかは別です」
部屋が静かになる。
交通課員が苦笑した。
「暴力団案件でもないですしねぇ」
「優先順位は高くない」
名立は露骨に嫌そうな顔をした。
「ここまで分かってんのに……」
戸隠が静かに言った。
「“分かっている”と、“証明できる”は別です」
前回と同じ言葉。
だが今回は、 名立へではなく、 自分自身へ言い聞かせているようだった。
◇
夕方。
東御市田中。
ファッションセンターしまうま東御店駐車場。
監視車両の車内。
FMラジオから突然、ザーッというノイズが割り込んだ。
『……佐久向かうぞー』
若い店員が顔をしかめる。
「うわ、またこれか」
別の店員が言う。
「最近多いっすよね。なんかトラックの声入るやつ」
店長らしき男がラジオを叩いた。
「アンテナ壊れてんじゃねぇの?」
「でも店の車全部なるんですよ」
その様子を、離れた監視車両の中から戸隠が見ていた。
名立が苦笑する。
「苦情になるほどじゃない。でも確実に迷惑」
「ええ」
「一番面倒なやつですね」
戸隠は受信機のレベルメーターを見る。
異常な振れ方だった。
「出力、かなり盛ってますね」
◇
夜。
長野総合通信局。
監視室。
飯田主任が古い資料箱を開けていた。
「戸隠」
「はい」
「これ見ろ」
机に置かれたのは、古い写真だった。
高速道路のサービスエリア。
大型車。
異様に長いアンテナ。
「80年代ですか」
「デコトラ全盛期」
飯田は笑った。
「昔は27メガなんて、夜になると戦争だった」
新津課長も奥から口を挟む。
「物流連絡で使う連中も多かった」
「携帯なんか高かった時代ですからね」
飯田が椅子に座る。
「今みたいにSNSもない。長距離運転手にとっちゃ、電波が唯一の暇潰しだった。そして今はなき菅原文太と愛川欽也の映画の影響もあった。」
戸隠は写真を見る。
今追っている案件も、 その時代の残り火なのかもしれなかった。
だが。
「だからと言って」
戸隠は静かに言う。
「今、許されるわけじゃない」
飯田は頷いた。
「そういうことだ」
◇
深夜。
監視受信機からノイズ。
ザーッ……
『……佐久着くぞー』
また、あの声だった。
名立が椅子にもたれながら呟く。
「毎日いるのに捕まんねぇな、この人……」
戸隠は受信ログを保存した。
「毎日いるから、ですよ」
「え?」
「雑になると全部崩れます」
画面の中では、 27.005MHzの受信点が細く並んでいた。
まるで、 国道18号を往復する一本の線のように。




