27.005MHzの男 第1話『引き継がれた案件』
2025年4月。 雨上がりの長野市は、まだ少し肌寒かった。
長野総合通信局。 電波監視課。
古びた湯呑から立つ湯気を眺めながら、戸隠は机の上に積まれたファイルをめくっていた。
「……多いですね」
隣の席で名立が苦笑する。
「高田さんの置き土産ですよ」
分厚い紙ファイルの背表紙には、油性ペンでこう書かれていた。
『27.005MHz信州急行グループ違法運用案件』
その下に小さく、
『継続監視中』
とある。
戸隠はページをめくる。
東御市。 小諸市。 佐久市。 国道十八号沿線。
受信ログ。 方探記録。 移動履歴。 車両写真。
どれも丁寧だった。
「……ここまで追ってたんですか」
「去年からです。高田さん、ほとんど執念でしたよ」
名立は缶コーヒーを開けた。
「でも結局、止められなかった」
戸隠は写真を見た。
銀色の大型車。 社名入り。 平ボディ。
撮影日時は平日の昼間ばかりだった。
「上田から佐久。ほぼ毎日同じ時間帯」
「ええ」
「積荷は鋳造部品」
「たぶんそうです」
「所有者は?」
「個人事業。八千穂辰男、五十二歳」
戸隠は黙った。
次のページ。
受信記録。
『佐久向かうぞー』『小諸混んでんな』『雨強ぇな今日』
短い交信ばかり。
だが頻度は異常だった。
しかも。
測定出力値。
法定を大きく超えている。
さらに別紙には、
『外部リニアアンプ使用の疑い』
と赤字。
「……完全に分かってるじゃないですか」
「ええ。だから厄介なんです」
名立が肩をすくめた。
「送信も確認済み。車両も特定済み。行動パターンも固定」
「なのに摘発できない」
「はい」
戸隠はしばらく資料を眺めていた。
そして、小さく呟く。
「……毎日いるからこそ、逆に難しいですね」
名立が少し笑った。
「高田さんも同じこと言ってました」
◇
午後。
会議室。
新津課長がホワイトボード前に立っていた。
「案件自体は急を要するものではない」
課長らしい低い声。
「だが、苦情件数は地味に多い」
ホワイトボードには簡単な地図。
国道十八号。 東御。 小諸。 佐久平。
「FMラジオ混信。カーオーディオ誤作動。雑音混入。いずれも散発的」
飯田主任が補足する。
「一般人から見ると“変なノイズ”程度です」
「しかし継続常習。出力超過。広域運用。放置できる案件ではない」
新津は戸隠を見る。
「引き継ぐか」
「はい」
「焦るなよ」
戸隠は少しだけ首を傾げた。
「と言いますと」
「この手は、“分かってる”から止めたくなる」
新津は資料を閉じた。
「だが、“止められる”とは別だ」
◇
数日後。
東御市田中。
国道18号沿い。米国薬局田中店の駐車場
白い監視車両の中で、戸隠は受信機を見つめていた。
ザーッ……
ノイズの中。
『……小諸抜けるー』
男の声。
名立が即座に記録する。
「14時22分。受信確認」
戸隠は窓の外を見る。
大型車が流れていく。
そして一台。
銀色の平ボディ。
「いた」
名立が小さく言った。
戸隠は双眼鏡を上げる。
運転席。
帽子。
中年男。
だが。
「……見えませんね」
「マイクですか」
「ええ…あとオーロラフィルムってやつですか…あれで顔もダメですね…。」
送信中なのは確かだった。
だが、 ハンドマイク保持までは確認できない。
しかも車高が高い。
角度が悪い。また、オーロラフィルムという赤外線や可視光の透過率は道交法の基準を満たしているが、外側からは乱反射して車内が見えづらいため、カメラでの人定撮影も難しかった。
「助手席側も死角です」
「同乗者の可能性が消せない」
名立が舌打ちした。
「ここまで分かってんのに……」
戸隠は静かに言った。
「“分かっている”と、“証明できる”は別です」
銀色の大型車は、そのまま佐久方面へ消えていった。
◇
夜。
長野総合通信局。
監視室。
DEURASのログが表示されている。
戸隠は一人で画面を見ていた。
受信地点。 受信回数。 時間帯。
規則的だった。
異様なほど。
「……」
戸隠はマウスを動かす。
上田。 東御。 小諸。 佐久。
東へ向かう時だけ、 受信回数が増えている。
「……?」
さらに拡大。
帰路より明らかに多い。
「上りだけ……?」
戸隠は記録を見返した。
確かにそうだった。
佐久へ向かう時だけ、 交信回数が増えている。
逆は少ない。
「……なんでだ」
背後から声。
「帰らないんですか」
島見だった。
戸隠は画面を指差す。
「この人、上り線だけ喋るんですよ」
「はぁ」
「帰りは極端に少ない」
島見は少し考えた。
「疲れてるとか?あとは会社や家を特定されたくない…とか。」
「かもしれません」
戸隠はログを見つめる。
深夜の監視室。
受信機から微かなノイズ。
ザーッ……
そして。
『……佐久着くぞー』
男の声。
戸隠は静かに受信記録を保存した。
まだ、 止めるには足りない。
だが。
電波は確かにそこにいた。
市民ラジオ…合法の市民ラジオは『周波数は指定した8ch。電力は500mW。アンテナはボディから外せないこと』という規定がある。
これを1つでも外れるものは、不法無線局となる。
27.005MHz…不法市民ラジオで最も使用者数が多いチャンネル。不法市民ラジオ無線機で4chとなっていることが多いため、4チャンネルとも言われる。
運用者が多く、運用者同士でのトラブルが多発していたことから、かつてあったパーソナル無線が制度として始まるまでは、ヤのつく自由業の方々がケツモチになり、運用者からクラブ費としてカネを取りシノギとしていた。




