オールチャンネルダウン 第2話 「ノイズは温泉に消えない」
翌朝。
瀬波温泉の海は、鉛色だった。
低い雲。
弱い潮風。
旅館の窓ガラスには細かな水滴が張りつき、日本海は輪郭を曖昧にしている。
「……眠い」
朝食会場で、島見杏果が半分死んだ声を出した。
会場は宿泊客で賑わっている。
湯気の立つ味噌汁。
焼き魚。
村上牛のそぼろ。
そして――
「うわ」
加茂依斗が思わず足を止めた。
「鮭の街 村上のイクラ食べ放題……」
朝食バイキングの一角。
大きなガラス鉢に、橙色のイクラが山盛りになっていた。
「新潟、強いな……」
加茂が感心したように呟く。
一方。
戸隠弘明は無言で白米をよそい、迷いなくイクラを大量投入していた。
「係長、それ痛風まっしぐらですよ」
島見が呆れる。
「出張中はカロリーゼロだ」
「どういう理論ですか」
「監視車は揺れるから消費する」
「雑すぎる」
島見も結局、イクラを盛る。
「……まあ、せっかくですし」
「島見さん、完全に観光客ですよ」
「加茂くんに言われたくない」
窓際の席。
三人は朝食を取りながら、昨日のログを確認していた。
「でも本当に妙ですね」
加茂がタブレットを見る。
「広域妨害にしては、痕跡が薄すぎる」
「そう」
島見が頷く。
「だから“飛んでる側”じゃなく、“受けてる側”を疑ってる」
戸隠はイクラ丼を崩しながら言う。
「“世界が壊れてる”と思ったら」
一拍。
「まず、自分のラジオを疑え」
「名言っぽく言ってますけど、ただの経験則ですよね」
「現場は経験則で回る」
加茂は少し笑った。
昨日までより、空気が柔らかい。
外では、日本海の風が鳴っている。
だが三人はまだ知らない。
この“広域妨害”の正体が、
国際違法局でも巨大な混信源でもなく――
もっと拍子抜けする存在だということを。
イヨボヤ…村上弁でサケのこと。
イヨもボヤも魚のことを指し、サケは魚の中の魚という意味らしい。
因みに江戸時代村上藩は茶と人工繁殖に成功したサケにより、財政を支えていた。
また、皇后陛下の実家である小和田家は、この村上藩家老職の家系である。




