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オールチャンネルダウン 第1話 「見えない混信は、だいたい厄介」

 五月中旬。

 長野総合通信局・電波監視課。

 昼前の課内は、妙に静かだった。

 島見杏果が端末を見ながら、ふう、と小さく息を吐く。

「……登録制簡易無線、全チャンネル通信不能?」

 画面には、新潟県村上市からの申告書。

《市内にて登録局無線が使用不能》 《全チャンネルで強い妨害》 《業務連絡に支障》

 かなり大きな話だ。

 登録制簡易無線。

 いわゆる“デジ簡”。

 土木、警備、イベント運営、運送。

 今や現場業務のインフラと言っていい。

 その全チャンネル妨害となれば、普通ではない。

「村上か……」

 戸隠弘明が、古い地図帳をめくりながら呟く。

「日本海側ですね」

 加茂依斗が反応する。

「長野からだと結構ありますよね」

「遠い」

 戸隠は即答した。

「遠いし、地味に時間がかかる」

 島見が笑う。

「係長、新潟案件だいたいそれ言いますよね」

「事実だ」

 

 そこへ課長・新津が現れる。

「戸隠」

「はい」

「行けるか」

「行けます」

「島見、加茂も同行」

「はい」

 加茂が少し姿勢を正す。

 まだ“出張”という響きに特別感がある。

 

「ただし」

 新津が資料を軽く叩いた。

「妙なんだ」

「妙?」

「県内の他エリアでは異常報告なし。村上だけだ」

 

 戸隠の眉がわずかに動く。

 

「広域妨害にしては、局所的すぎる」

 

 

 午後一時。

 監視車は長野を出発した。

 

 高速道路。

 千曲川沿いを北上。

 

 車窓には、五月の緑。

 

 加茂が後部座席で資料を見ている。

「申告内容だと、351MHz帯全域にノイズ、ですね」

「理屈なら大事件だな」

 戸隠。

 

「でも実際は、こういう“全部ダメ”って話ほど怪しい」

 島見が言う。

 

「どういう意味です?」

 

「人間、“分からない”を“大きく”言うから」

 

 加茂が少し考え込む。

 

「つまり誤認?」

 

「半分はそれ」

 

 島見は窓の外を見る。

 

「でも残り半分は、本当に変なケース」

 

 

 夕方。

 

 村上市。

 

 日本海からの湿った風。

 低い雲。

 古い町並み。

 

「……空気が違うな」

 加茂が呟く。

 

「海の町だからな」

 戸隠。

 

 

 申告者は、市内の運送会社『羽黒山通運』だった。

 

「いや、本当なんですよ!」

 社長が必死に言う。

「朝から全然入らねえ時があって!」

 

 実際、困っている様子ではある。

 

「いつ頃です?」

 島見。

 

「朝方と夕方が多いな……あと雨の日」

 

 戸隠と島見が、一瞬だけ視線を交わす。

 

 ――匂う。

 

 

 測定開始。

 

 だが。

 

「……静かですね」

 加茂がスペクトラムを見ながら言う。

 

 綺麗すぎるほど綺麗。

 

 351MHz帯に異常なし。

 

「何も出てない」

 島見。

 

「広域妨害なら、どこかで尻尾くらい見えるんだが」

 戸隠。

 

 

 夕暮れ。

 

 監視車は海沿いを流していた。

 

 日本海は鉛色。

 波は低い。

 

「今日は空振りですかね」

 加茂。

 

「まだ一日目だ」

 戸隠。

 

「“出ない妨害”が一番面倒なんだ」

 

 

 夜。

 

 三人は瀬波温泉の旅館に入った。

 

「出張で温泉って、なんか罪悪感ありますね」

 加茂。

 

「出張先に温泉宿があるんだから仕方ない」

 島見が笑う。

 

 戸隠はすでにロビーのウェルカムドリンクコーナーで村上茶をすすっている。

 

「……うまい…日本最北限の茶処。風味が玉露のような渋さの中に甘みと旨味がある…。」

 

「係長、完全にグルメマンガに出てくるウンチクを語る客ですよ」

 

「違う」

 

 一拍。

 

「これも調査だ」

 

 

 戸隠の部屋に集まり、作戦会議を開く。

加茂が窓を開ける。

 

 潮の匂い。

 遠くで波の音。

 

 

「でも、不思議ですね」

 

「何が?」

 

「本当に広域妨害なら、もっと騒ぎになってもいい」

 

 島見が頷く。

 

「そう。だから変」

 

 

 戸隠が湯呑みを置く。

 

 

「“その場所だけ世界が壊れてる”なら」

 

 二人を見る。

 

 

「まず疑うのは、世界じゃなく“受信(申告者)側”だ」

 

 

 加茂が少し考える。

 

「……受信設備?」

 

「そういうことだ」

 

 

 外では、日本海の風が鳴っていた。

 

 見えないノイズ。

 

 それは空を飛んでいるのか。

 それとも――

 

 もっと近くにあるのか。

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