新人電波監視職員は不法無線に遭遇する。
住宅街を抜け、監視車は国道へと戻った。
午後三時過ぎ。
交通量はそれなりに多い。
「さて、報告書どうするか……」
戸隠がぼそりと呟いた、そのときだった。
「……あれ」
運転席の島見が、わずかに声を落とした。
「どうした」
「前、左車線。合流してきたトラックの運転手マイク握ってる」
更埴ICから流れ込んできた一台の8トントラック。
白いキャビン、ややくたびれた荷台。
――そして。
「アンテナ……」
屋根の端。
短い、黒い、螺旋状。
「ヘリカル……CBだ」
島見の声が、仕事のそれに変わる。
「係長、スペアナと受信機、27.005に」
戸隠は何も言わず、手を伸ばす。
スイッチ。
周波数入力。
――27.005MHz。
スピーカーから、かすかなノイズ。
その瞬間。
『……更埴インター落っこち先で〜赤玉半固〜』
男の声。
戸隠の口元が、わずかに歪んだ。
「ビンゴ。スペアナも100dBμVの観面突き抜けた!」
一方で。
加茂は、完全に置いていかれていた。
「……え?」
島見は視線を前に固定したまま言う。
「今の、聞こえた?」
「はい……でも、それが」
「27MHz帯。いわゆるCB無線」
「違法なんですか?」
「国内では原則使用不可。特にこの出力、このアンテナ――完全にアウト」
島見はハンドルを切りながら続ける。
「しかも運転中の業務連絡。典型的なトラック違法局」
その間にも。
戸隠の左手は、さりげなくスモークガラス越しに運転手を撮っていた。
視線は前。
動きは最小限。
――カシャ。
音は出ない。
さらに一枚。
運転席。
ハンドルを握るドライバーの横顔。
証拠確保。
「よし」
戸隠が短く言う。
「加茂」
「は、はい」
「追うぞ。距離は保て」
「……追う?」
まだ理解が追いつかない。
「違法無線局の特定だ」
戸隠の声は淡々としている。
「現認、記録、発信確認。三点揃えば十分だ」
加茂がフロントガラスの先を見る。
さっきのトラック。
普通に走っているだけに見える。
「……あれを?」
「そう」
島見が言う。
「“普通に見える違法”が一番多い」
監視車は一定の距離を保ったまま追走する。
スペアナには、はっきりとしたピーク。
断続的な音声。
『……この先に白バイいるってさっき言ってましたねぇ〜。ちょっとコンビニ寄りますわ〜。』
「完全に使い慣れてますね」
島見。
「常習だな」
戸隠。
加茂は、画面と現実を交互に見る。
「……理論じゃ出てこない」
ぽつりと漏れた言葉。
「出てこないよ」
島見が少しだけ笑う。
「でも、現場には山ほどある」
トラックが減速。
コンビニの駐車場に入る。
「トラック止まるなぁ…ゆっくり止まろう。」
戸隠。
「自然に行け」
監視車も少し遅れて入る。
距離を取る。
トラックの運転手が降りてくる。
手ぶら。
ドアを閉め、そのまま店内へ向かう。
「……ああいう感じなんですね」
加茂が小さく呟く。
「そう」
島見がを話す。
「“仕事の延長”でやっているんだろうが完全に違法」
戸隠はスマートフォンを手に取る。
車内から。
さりげなく。
――カシャ。
運転手の顔。
車両のナンバー。
それだけ。
それ以上は踏み込まない。
「……行かないんですか?」
加茂。
戸隠はドアに手をかけながら、短く答えた。
「今日はな」
一拍。
「俺たちは警察じゃない」
ドアが開く。
春の空気が流れ込む。
「記録して、積む」
それが仕事だ、とでも言うように。
「積み重ねて、動かす」
加茂はまだ少し戸惑いながらも、頷く。
派手さはない。
だが、確実に逃がさないやり方。
戸隠が車を降りる。
「さて」
一拍。
「“現場”の続きだ」
教科書には載らない授業。
そして――
静かに、しかし確実に違法を追い詰めていく仕事だった。




