表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/39

青年の過去 3

 その後、部屋に来た一人の看護婦が勇也に駆け寄り何かを叫んでいたが、何て言っているのか、至近距離にいた筈なのに耳に入ってこなかった。


 

..................



 その事故から一ヶ月後、一人の男が我が家を尋ねてきた。その男が乗っていたのは、いつか勇也を病院まで迎えに行った時に見た黒塗りの車だった。

 その男はオレの顔を見て、心底驚いているようだった。


 男は和室の隅に設けられた勇也の仏壇に拝むと、オレ達へと話した。

「申し遅れました。私、白峰家に雇われている使用人、名を松田と申します」

 恭しく一礼し、丁寧な口調で話す松田。

「実は、病院の看護婦から勇也くんが亡くなったと連絡を受けまして......この度はご愁傷さまでございます」

 母親はやつれた顔のまま小さく一礼した。

「......今回のことは、誠に残念です。やっと、千歳お嬢様にも友人と呼べる存在ができた矢先の出来事でしたから」

 仏壇に飾られた勇也の遺影を見つめながら、悔やみきれぬように呟く。

「しかし、これは既に起きてしまったこと。現実はしっかりと受け止めねばなりません。私も......お嬢様も」

 そう言って、松田は和室を出ていこうと歩き出した。部屋を出ていく際に、母親へと小さく会釈を交わした。

 松田が和室の敷居を跨いだところで、オレは話し掛けた。


「千歳って子は、僕のことを知ってるの?」

 それだけのことを尋ねた。

 対する松田は、何の脈絡もないオレの問いに一瞬だけ怪訝そうな顔をしたものの、すぐに答えてくれた。

「......いえ、恐らく存じ上げていないかと。勇也くんは、お嬢様に兄弟がいると仰っていたことは一度もなかったので」

「......そっか」

 勇也はオレとの約束を律儀に守っていたらしい。

「千歳って子は、勇也が死んだことを知ってるの?」

 再び尋ねる。

「いえ......お嬢様にはまだ伝えてはおりません」

「......そっか」

 この二つの条件が整っているのなら、勇也と最後に交わした約束を果たせそうだ。

 自身の右腕に巻かれたミサンガに一瞬だけ視線を送ってから、オレは口を開く。

「じゃあ、このままその子には何も知らせないでいて......僕が勇也の代わりに、あの子を幸せにするから」

「......!」

 刹那、オレが言い終わると同時に目を見開く松田。恐らく、心底驚いていることだろう。こんな言い分、ただ頭が狂っているようにしか聞こえないだろう。

「何を言って......君がどうやってお嬢様を幸せにすると言うのですか......そんなこと、出来る訳がないでしょう」

 松田は馬鹿にするわけでもなく、当然のように淡々と言い放つ。子供の浅知恵だと思っているのだろう。


しかし......。


「ううん、出来るよ......幸せにするくらい。だって、勇也の死を隠すだけなんだから」

「......?」

 合点がいかないように、眉をひそめる。

「結婚とか......そんなことは出来ないよ。だって、僕は勇也じゃないから。だけど、勇也に成り代わることなら出来る。顔が同じ僕になら、それだけは出来る」

 そして、オレは告げる。

「僕が勇也になって、あの子を振る。それだけのことなら......出来る」

 オレは小さくそう言葉にする。

 そう口にした途端、松田は怒りを露にした。

「何を言っているのですか......! お嬢様を振るだなんて......そんなことをすれば、お嬢様は悲しむに決まっているでしょう!? それも、唯一の友人からそんなことをされればなおのこと......それのどこが幸せにするということに繋がるのですか!?」

 松田は怒鳴るというよりも、むしろ静かに怒りを発している。その顔には先程までの面影はない。ただオレを睨んでいる顔がそこにあるだけだ。


 オレはその顔から目を逸らし、床へと視線を落として呟く。

「勇也を失うことは......辛いんだ。僕には、優也しかいなかったから、余計に。だから、僕には分かる。千歳ちゃんにとって、勇也がどれだけ大きな存在なのかが......千歳ちゃんも、僕と同じで勇也しかいないから」

「!」

 松田も、オレの言わんとしていることを理解したようだ。

「だから、たぶん勇也がいなくなったって知ったら、僕と同じ思いをすることになる。僕は......」

 オレは近くで立っている母親の姿を目に映す。

 その体は一ヶ月の間に酷く痩せ細り、生気などはとうに失われていた。

 その姿を見ると、自然と涙が瞼に溜まる。

「僕は......もう、もう......僕のせいで悲しむ人が増えるのは嫌なんだ......」

「............」

松田はオレの言葉を聞いて黙りこんでしまった。


 オレは知っている。

 勇也がどれほど人の心を照らしていた存在なのかを。

 だからこそ、その死は隠し通すべきものだと思う。もし、オレがあの子の立場だとしたら、勇也を、光を失ったことを酷く嘆き、苦しむだろう。そんな思い、誰にも味わってほしくない。

 特に、誰よりも勇也の光に照らされているあの子にだけは。


 オレが言い終えると、松田はしばらく黙りこみ、そして小さく言った。

「......分かりました。一先ず、お嬢様に彼の死を伝えることは辞めましょう......私も、お嬢様の悲しむ顔は見たくありませんから。しかし、一つだけ約束して欲しいことがあります。それは、やるなら最後までやりきって欲しい、ということです」

 松田は諦めたようにそう言った。

 最後に、オレに唯一条件を加えて。

「......分かった......約束する。必ず、あの子に隠し通す......」

「私に出来ることがあるなら、何でも仰ってください」

 そう言って、一枚の紙切れを渡してくる。

 そこには電話番号が書かれていた。

「では......私はこれで......」


 そして、松田は静かにこの家を去っていった。



..................



 それから、オレはあじさい病院の看護婦に千歳に何も知らせないよう頼みに行った。

 初めは難色を示していたが、必死に頼み込み、何とか説得することに成功した。


 その数年後、オレはようやく松田に頼み事をした。


 それは、千歳がオレの居る学校に転校してくることだけは避けてくれ、ということ。

 いくら身分を偽っていても、学校では人の本名を目にすることが多い。それは名札であり、名簿であり、呼び掛けであったり。

 千歳が転校してきた暁には、初日でオレの正体が露見してしまう。

 もし、この地を訪れることがあっても、学校には訪れないでくれと頼んだ。


 こうして、オレは約束を果たすために動き出した。


 アイツとの最後の約束を、果たすために───


 




ブクマ、評価をしてくださると嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ