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青年の過去 1

 ドオンという派手な音と共に、真っ黒な天井に花が咲く。その音は立て続けに響き渡り、オレの鼓膜を震わす。その光は立て続けに夜を照らし、オレの視界の隅で輝きを放つ。


 そして、そんな真っ暗な天井で輝く星と月の光が、墓石に彫られた文字を浮かび上がらせる。


『八重雲勇也』の文字を────


「一年ぶりだな勇也......お前との約束は、これで果たせたかな......」



─────────十年前──────────



「ねえ、勇也。一緒に遊ぼう?」

 オレは兄へと声を掛ける。

 胸に抱えているゴムボールを勇也へと差し出しながら。

「あ......えっと、ごめんね駿樹。今日もこれからシロちゃんの所に行かなきゃいけないから、さ」

 ばつが悪そうに笑う勇也。

 ここ最近、オレはいつもこうして遊びを断られている。

「......今日も恋人の所に行くの?」

「こ、恋人じゃないよ!!」

 オレの指摘に顔を真っ赤に染め、必死に否定する。子供の目から見ても、その嘘はバレバレだ。

「毎日そのシロちゃんの話を聞かせてきといて、好きじゃないっていうのはおかしいでしょ」

「!?」

 さらに顔を真っ赤にする勇也。

 そしてモジモジと体を動かし身動ぎしている。

 その姿に何故か苛立ったオレは、つい声を荒げて勇也に詰め寄る。

「僕とそのシロちゃん、どっちが大事なの!?」

「え、えぇ~~~......」

ある日何かのドラマで聞いた台詞を用いて尋ねる。当然勇也は困った顔をして返答できずにいた。

「もう駿樹。アンタどこでそんな言葉覚えたの?」

「昼ドラだよ!」

 ふいにキッチンから母親が声を出す。

 洗い物をしながら、オレ達の会話に耳を傾けていたようだ。

「もう、そんなものばかり見てるんじゃないの」

「お母さんが見てるから僕も見てるんだろ!」

 そんな事を言っていると、勇也が静かに気配を消してリビングから去ろうとしている姿が目に入った。

「あ、勇也! どこ行くの!?」

「い、行ってきますお母さん!!」

 オレの問い掛けは無視して勇也は玄関へと走っていく。

 オレはその後を走って追いかけた。

「帰ってきたら一緒に遊ぼうね、駿樹!」

 そう言いながら、勇也は靴紐を結んでいく。

 これは、もう止めても無駄だろう。

「はあ......ねえ、勇也。遊びに行くのはもう諦めるけど、でも、いつも通りそのシロちゃんにはオレの事を話さないでよ?」

 いつも言っていることを、今日も忠告する。

「? ねえ、何で駿樹はシロちゃんに自分のことを知られたくないの?」

「先生が言ってたでしょ? 世の中は怖い人がいっぱいいるから、無闇に自分の『こじんじょーほー』を教えちゃいけないって」

「うーん......シロちゃんはそんな人じゃないと思うけど」

「それでもダメ! 僕はその子のことを何も知らないんだから、勝手に僕のことを教えたりしちゃダメ!」

 勇也は納得がいかないようにしながらも、結局は折れた。

「......分かった。駿樹がそうして欲しいなら、そうするよ」

「......ん」

 そこまで話し終え、勇也は立ち上がり扉に手を掛ける。

「じゃあ、行ってきます!」

 今にも飛び出していきそうな勇也に、玄関に現れた母親が注意を促す。

「気を付けて行くのよー!!」

「はーーーい!!」

 その注意を聞いたのか聞いていないのか。

 勇也は扉を開けると同時に弾かれるように飛び出していった。

 残されたオレはガックリと項垂れながらリビングへ戻ろうとする。

「駿樹」

 数歩歩いた所で母親に呼び止められた。

「アンタもいい加減、勇也以外に遊び相手を作らないと。ずっと一人ぼっちになっちゃうわよ?」

「......う、うるさい!」

 そんな事、ちゃんと分かっている。

 でも、勇也のように愛想が良くないオレには他に遊び相手なんていなくて。

 だから、オレからその勇也を奪ったシロちゃんとやらに心から嫉妬していた。




「あれ? 勇也、そのミサンガ何?」

 ある日、勇也の右腕にミサンガが巻き付いているのを見たオレはそう尋ねた。

「......! え、ええっと、これはね?」

「?」

 何だか、また勇也がモジモジとしだした。

「......まさか、また例のシロちゃん関係?」

 オレがそう言うと同時に勇也の体がビクッと跳ねる。

「あら、ほんと。勇也、アンタそのミサンガどうしたの?」

 近くで洗濯物を畳んでいた母親もその話題に食い付いてきた。

「えっとね、これはシロちゃんとの約束の証なんだ......」

 頬を赤く染めながら呟く勇也。

「「約束?」」

 オレと母親は同時に聞き返す。

「うん......シロちゃんを幸せにする約束の証」

 その言葉を聞いた母親はパアッと満面の笑みを浮かべた。

「じゃあ、それは婚約指輪みたいな物なのね」

「......う、うん」

 嬉しそうに言う母親と、萎むような声の勇也。

 そんな二人が見てられなくて、オレはその場を立ち去ろうとする。

「あら、駿樹? どこ行くの?」

「部屋」

 短くそれだけ答えて、オレはリビングを去った。



 またある日、オレはあじさい病院まで勇也を迎えに行くことにした。

 ここ半年、勇也とまともに会話をしていなかったため、その機会が欲しかったのだ。

 あじさい病院の近くに辿り着くと、そこには黒塗りの車と、その車に乗り込もうとしている一人の少女。そしてその少女を見守る勇也の姿が見えた。

 少女は車に乗ったあとも、窓を開けて勇也に何事か話している。

 そして車が発進した後も、窓から身を乗り出して勇也に手を振っている。

 やがてその姿が見えなくなり、オレは勇也に歩み寄って行った。

「今の子がシロちゃん?」

 オレの声を聞いた勇也はオレへと顔を向ける。

「あ、駿樹......うん、そうだよ。あの子がシロちゃん。白峰千歳ちゃん。今日、海外の病院に移るんだ」

「......ふーん」

「駿樹はどうして此処に? 何か用だったの?」

「別に......ほら、早く帰ろ」

 オレは病院を後にしようと歩き出す。

「あ! ちょ、ちょっと待ってよー!」

 遅れて勇也もオレの背中を追いかけてきた。


 そっか......あれが勇也の好きな人か。

 遠目から見る限り可愛らしい子だった。

 あの子が、将来僕の義姉になるかもしれないのか。


 それはともかく、あの子が海外へ行った今、勇也もまた僕と遊んでくれるようになるだろう。

 オレはそう思って、胸を弾ませていた。



 しかし、オレが思い描いていた展開にはならなかった。千歳と離れた勇也は、オレではなく小学校の同級生と遊ぶようになった。

 そして、たまにオレと話したかと思えば、その内容は遥か遠くの千歳の身を案じることばかり。

 もはや、すっかりオレと遊んでくれる事は無くなっていた。


 そんなある日、勇也がオレに申し訳なさそうに言ってきた。

「ねえ......駿樹?」

「ん?」

久しぶりに話し掛けてくれたと、オレは内心では喜んでいた。しかし、そんな思いはすぐに崩れる。

「あのね......今日、駿樹のおもちゃを勝手に友達の家に持って行っちゃったんだけど......そのおもちゃをその家に忘れてきちゃって」

「......え?」

「でも、明日の放課後に取りに行ってくるから!」

 勇也はオレに頭を下げながらそう言葉にする。

「そうねえ......もう天気も悪いし、明日にした方が良いわね」

 近くで話を聞いていた母親が、窓の外を眺めながらそう言葉にする。

 見ると、確かに窓の外は先程までとは打ってかわって大雨だ。

 確かに、こんな天気では外に出るべきではないだろう。


 しかし......


「......嫌だ! 今取りに行ってよ!!」

「ちょ、ちょっと駿樹......!」

 オレは、そんな冷静な考えとは真逆のことを口走っていた。

 本当は、たかだか数百円のおもちゃなんてどうでも良いのに、それでも、勇也を困らせたくて、オレはそんなことを言ってしまったのだ。

 それでも、勇也は行くわけないと、そう腹の中では決めつけていた。

「僕のおもちゃを勝手に使ったんだから、だったら、ちゃんともって帰ってきて!! 今すぐに!!」

 オレは叫び続ける。今日まで貯めた寂しさを、孤独感を発散するように。

「こら駿樹!! アンタ何を言ってるの!! こんな天気で外なんか行けるわけないでしょ!! 家には車も無いんだから、無茶を言わないで!」

 珍しく母親が怒鳴る。

 しかし、そんな時にはもう遅く。

「......分かった。ちょっと待ってて」

 勇也がリビングから出て玄関へと向かって走って行った。

「ちょっと! 勇也!?」

 それに気づいた母親が、勇也に続いて玄関へと駆け出す。

 オレもその後に付いていったが、玄関に着いたときには、既に勇也は長靴を履き、傘を手に持って玄関のドアノブに手を掛けていた。

「勇也、アンタ今から行くつもりじゃ......!?」

 勇也は振り返り、優しく言葉にする。

「大丈夫だよ! 友達の家は近くにあるから、すぐに帰ってこれるよ!」

 そう言って、勇也は雨が降り注ぐ外へと出ていった。

「勇也!!」

 母親も外に飛び出すが、勇也は振り返らず走り去っていってしまった。

 そんな光景を、オレはただ静かに眺めているだけ。やがて母親がオレへと顔を向けて言った。

「駿樹、アンタ、勇也が帰ってきたらちゃんと謝りなさいよ?」

「......ん」

 オレは素っ気なく返事を返す。

 今さらになって、オレの心に後悔が生まれていた。



 そして、それから三十分程が経ち、家に連絡が入った。


『勇也がトラックに轢かれて病院に運ばれた』


 と。

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